「ん〜、仕事も片付いたし、これからどうしよっか、横島君」

 大きく伸びをしながら、私はスーツ姿がようやく似合い始めた彼に向かって、話しかける。

「……美神所長はこれから、クライアント様とパーティーですよね」

 ふてくされて、なげやりな答えを返してくる横島君。

「なーに、ふてくされてんのよ。社交辞令よ、社交辞令」
「……のわりに着飾ってますよね。まぁ、いいですよ」

 うーん、結構怒ってるわね。
 でも、しょうがないじゃない。初対面のクライアントを邪険に扱うわけにはいかないんだしさ。

「くそう、美神さんは俺の女だってのに」
「そーゆー恥ずかしい事を、口に出さない!」





「Chu−Chu」

                                                   written by まちす




 横島君が高校を卒業して、私達を取り巻く環境は随分変わった。

 まず、横島君が私の事務所『美神令子除霊事務所』の正社員になった。
 お給料もそれなり、いや、かなりの額を渡してある。
 まさか、よその事務所に引き抜かれる寸前だった、とはね。

 そして、彼の住所と言うか、住居と言うか、まぁ住処が変わった。
 えーと、端的に言うと、私と同じマンションに引越しをさせた。
 一人暮らしさせておくと、どーなるか分からないからね、あいつは。
 ……言っとくけど、部屋は別々だからね……。

 それで、一番重要なのは、私と彼の関係。
 雇用主と雇用者。これは変わらないんだけど、えーと、その、あの、ね。
 ……こっ、こっ……婚約……しました。
 信じられない? 私だっていまだに信じられないわよ。
 でもまぁ、なんだか頑張ってるなぁ、とは思ってたけど、私のためだったとは。

 おかげでおキヌちゃんに、シロ・タマコンビはゆっくり学校に通えるようになったし。
 私達は二人っきりで、こうして地方に出張できるようになったし。
 二人っきりで、出張。 二人っきりよ、二人っきり。
 ふふ、ふふふ。
 良いことばっかりね。
 ふふ、ふふふ。

「……美神所長、往来で思い出し笑いは止めてください」

 なによ、少し距離を置くことないじゃない。
 第一、思い出し笑いさせてるのは、あんたなんだからね。

「そんっなに、パーティーが楽しみなんですか。そら、よぉござんしたねぇ」

 そう言うと、勘違いしたまま、一人で先を歩き始める。
 なによぉ、そんなに怒んなくったっていいじゃない。

「だから、社交辞令、つきあいだってば。わかってるんでしょ?」
「……そりゃ、わかってますけど、ね」

 追いついて、彼の顔を覗き込みながら話しかける。
 理解できるけど、したくないってやつかしら。
 ……でも、でもさ。

「あんただって、秘書のお姉さんと随分話し込んでたじゃない。美人だったわよね〜、彼女」

 わざとニヤニヤしながら言ってみる。

「……偉いさん二人が仕事そっちのけで話してるから、細かいとこ詰めてたんですよ」
「あ、あはは、そう、そうだったわね。うん、えらいえらい」

 乾いた笑いをし、あからさまな態度でごまかそうとする私。
 横島君は、ジッと私を見つめたかと思うと、すぐに顔をそらしてしまう。

「……人が我慢してるってのに、目の前で、あーっ! もーっ!!」

 頭をガシガシと掻きながら叫ぶ。
 ……そっか、こんなに嫉妬、してくれてるんだ。
 なんだか嬉しくなった私は、彼の腕に自分の腕を絡ませる。

「ほら、腕組んだげるから、機嫌直しなさいって」
「……ふん、そんなことで、ごまかさ、んっ……」
「んっ……」

 顔を向けようとした彼に、不意打ちのキス。
 へー、横島君て、キスの時こんな顔するんだ。

「……いきなり、何するんですか! 美神さん」
「いいじゃない、機嫌直ったでしょ?」
「……ったくもう、せめて目ぐらい閉じてくださいよ」
「あんただって、開けっ放しだったじゃない」

 赤い顔で、ちょっとだけ怒った態度の横島君。
 今度は、彼の首に両手を回して、もう一回キス。

「……んっ、んんっ……、美神さんてば……」
「……なによ、今度は目、閉じてたわよ」
「わざわざ、照明の下でせんでも」
「雰囲気、出てたでしょ」

 少し困り顔の彼を見つめる。
 見つめ続ける事、しばし。
 彼の顔に、ようやく笑みが戻る。
 ……わかってくれたのかしら。

「……あの、機嫌も直りましたから、そろそろ離れません?」
「ん。もう一回だけ」
「人に見られてますよ」
「い・い・の、……んっ……んんっ……」

 恥ずかしそうに辺りを見回す彼に、キス。
 誰に見られてたってかまわない。
 …今度は舌も入れちゃえ。
 ぴちゃぴちゃと音がしそうなくらい、激しいキス。

「……美神さんて、キスするの好きですよね」
「そう? 普通じゃない?」

 もう一度腕を組み直し、彼の肩に頭を預ける。
 そのまま私達の間に沈黙が訪れる。
 落ち着いた、心地良い空気。
 私が安心できる、貴重な空間。






 えぇ、キスするの好きよ。

 私ってば、素直じゃないじゃない?

 だから、キス。




 ごめんなさいの代わりに、

 ありがとうの代わりに、

 愛してるの代わりに、

 思いを込めて、

 貴方への、

 キス。




 目を開けたままでもいい、

 明るい所でもいい、

 誰が見ててもいい、

 天邪鬼な私から、

 貴方への、

 キス。





「ね、パーティー早く抜けてくるからさ、一緒になんか食べに行きましょ」
「はいはい」
「ラーメンがいいな、屋台のやつ」
「……はいはい」
「んもう、ちゃんと聞いてる?」
「はいはい、聞いてますよ」

 苦笑しながら答える彼の前に回り込み、そっと背中に手を回す。
 そうして、目を閉じ、ちょっとだけ顎を上げる。






 いつもするのは私から、

 たまには貴方から、

 大好きな貴方から、

 思いのこもった、

 私への、

 キス。







  <完>




あとがき

 キスする二人が書きたかった。それだけです。
 美神さん一人称は初めてかな?
 やっぱり、一人称は書きやすいなぁ。……私、男ですけども
 タイトルは、
 永井真理子さんのアルバム『OPEN ZOO』より、『Chu−Chu』でした。


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