「なーに、ふてくされてんのよ。社交辞令よ、社交辞令」
「……のわりに着飾ってますよね。まぁ、いいですよ」
うーん、結構怒ってるわね。
でも、しょうがないじゃない。初対面のクライアントを邪険に扱うわけにはいかないんだしさ。
「くそう、美神さんは俺の女だってのに」
「そーゆー恥ずかしい事を、口に出さない!」
まず、横島君が私の事務所『美神令子除霊事務所』の正社員になった。
お給料もそれなり、いや、かなりの額を渡してある。
まさか、よその事務所に引き抜かれる寸前だった、とはね。
そして、彼の住所と言うか、住居と言うか、まぁ住処が変わった。
えーと、端的に言うと、私と同じマンションに引越しをさせた。
一人暮らしさせておくと、どーなるか分からないからね、あいつは。
……言っとくけど、部屋は別々だからね……。
それで、一番重要なのは、私と彼の関係。
雇用主と雇用者。これは変わらないんだけど、えーと、その、あの、ね。
……こっ、こっ……婚約……しました。
信じられない? 私だっていまだに信じられないわよ。
でもまぁ、なんだか頑張ってるなぁ、とは思ってたけど、私のためだったとは。
おかげでおキヌちゃんに、シロ・タマコンビはゆっくり学校に通えるようになったし。
私達は二人っきりで、こうして地方に出張できるようになったし。
二人っきりで、出張。 二人っきりよ、二人っきり。
ふふ、ふふふ。
良いことばっかりね。
ふふ、ふふふ。
なによ、少し距離を置くことないじゃない。
第一、思い出し笑いさせてるのは、あんたなんだからね。
そう言うと、勘違いしたまま、一人で先を歩き始める。
なによぉ、そんなに怒んなくったっていいじゃない。
「だから、社交辞令、つきあいだってば。わかってるんでしょ?」
「……そりゃ、わかってますけど、ね」
追いついて、彼の顔を覗き込みながら話しかける。
理解できるけど、したくないってやつかしら。
……でも、でもさ。
「……偉いさん二人が仕事そっちのけで話してるから、細かいとこ詰めてたんですよ」
「あ、あはは、そう、そうだったわね。うん、えらいえらい」
乾いた笑いをし、あからさまな態度でごまかそうとする私。
横島君は、ジッと私を見つめたかと思うと、すぐに顔をそらしてしまう。
頭をガシガシと掻きながら叫ぶ。
……そっか、こんなに嫉妬、してくれてるんだ。
なんだか嬉しくなった私は、彼の腕に自分の腕を絡ませる。
「ほら、腕組んだげるから、機嫌直しなさいって」
「……ふん、そんなことで、ごまかさ、んっ……」
「んっ……」
顔を向けようとした彼に、不意打ちのキス。
へー、横島君て、キスの時こんな顔するんだ。
「……いきなり、何するんですか! 美神さん」
「いいじゃない、機嫌直ったでしょ?」
「……ったくもう、せめて目ぐらい閉じてくださいよ」
「あんただって、開けっ放しだったじゃない」
赤い顔で、ちょっとだけ怒った態度の横島君。
今度は、彼の首に両手を回して、もう一回キス。
「……んっ、んんっ……、美神さんてば……」
「……なによ、今度は目、閉じてたわよ」
「わざわざ、照明の下でせんでも」
「雰囲気、出てたでしょ」
少し困り顔の彼を見つめる。
見つめ続ける事、しばし。
彼の顔に、ようやく笑みが戻る。
……わかってくれたのかしら。
「……あの、機嫌も直りましたから、そろそろ離れません?」
「ん。もう一回だけ」
「人に見られてますよ」
「い・い・の、……んっ……んんっ……」
恥ずかしそうに辺りを見回す彼に、キス。
誰に見られてたってかまわない。
…今度は舌も入れちゃえ。
ぴちゃぴちゃと音がしそうなくらい、激しいキス。
「……美神さんて、キスするの好きですよね」
「そう? 普通じゃない?」
もう一度腕を組み直し、彼の肩に頭を預ける。
そのまま私達の間に沈黙が訪れる。
落ち着いた、心地良い空気。
私が安心できる、貴重な空間。
「ね、パーティー早く抜けてくるからさ、一緒になんか食べに行きましょ」
「はいはい」
「ラーメンがいいな、屋台のやつ」
「……はいはい」
「んもう、ちゃんと聞いてる?」
「はいはい、聞いてますよ」
苦笑しながら答える彼の前に回り込み、そっと背中に手を回す。
そうして、目を閉じ、ちょっとだけ顎を上げる。
キスする二人が書きたかった。それだけです。
美神さん一人称は初めてかな?
やっぱり、一人称は書きやすいなぁ。……私、男ですけども
タイトルは、
永井真理子さんのアルバム『OPEN ZOO』より、『Chu−Chu』でした。