「美的センス」


written by まちす




「いやー、しかし姫の根性には恐れ入ったね」

 と、ギターを弾きながら感心顔の、鮫氷新一。

「でもさー、動機があれじゃん、あの変なの。そこがわかんねーよ」

 ベッドに腰掛け、漫画を読みながら会話している、蟹沢きぬ。

「ま、人の好みなんてそれぞれさ。坊主、熱の具合はどうだ」

 りんごを剥き終え、ベッドに寝ている男に近づくのは、伊達スバル。

「……ん、だいぶ下がった。てゆーか、カニ、ベッドから降りろ。フカヒレ、ギターがうるさい。スバル、おでこで熱をはかるな」

 横になりながらも、仲間に的確なツッコミを入れていく、対馬レオ。

 体育武道際の翌日、土曜の夜。いつもと同じ時間、いつもと同じ様にレオの部屋に集まっている、対馬ファミリー。
 いつもと違うのは、部屋の主が風邪をひき、横になっていることだろう。
 「お見舞い」という名目で集まった彼らの話題は、当然のように昨日終わったばかりのイベント、体育武闘祭に関してだった。
 中でも盛り上がったのは、全員が参加したクラス対抗野球。そして、エースを勤めた、霧夜エリカこと姫だった。

「あのオブジェを見た瞬間の姫の顔が忘れられねーよ」
「具合の方も一気に良くなってたしな。脱力した俺らの方がおかしいのかと思ったぜ」

 カニとスバルの軽口どおり、館長が用意した賞品のオブジェを見た時の、姫の変わり様はすごいものだった。
 黒い帽子を被り、黒マントを羽織った、鼻の長いトーテムポールの様な、何か。
 そのオブジェのどこを気にいったのか、まったく理解できない。それが2−C一同の抱いた思いだった。

「そういえばさー、前に俺、生徒会室に我が家の家宝を持っていたんだわ」
「露骨なポイント稼ぎだなー、だからもてねえんだ、おめえはよ」
「家宝つーと、あれか、あの……」

 なかなか思い出せないスバルがいらつき始めたとき、体を起こしたレオが口を開く。

「名画だろ、高いヤツ。“収穫済の幸”だったか?」
「“収穫祭の秋”だ!」

 微妙に惜しいレオの答えに、一同は以前フカヒレ家で、自慢げに見せられた絵を思い出した。

「……あれ? ……でもあそこ、絵なんて飾ってねーじゃん。姫に捨てられたか?」

 そういったカニは、憐れむよう顔でフカヒレを見る。

「ちげーよ! 捨てるどころか、飾られてもいねーよっ!」
「なんだ、『そんな安物いらない』とか言われたのか」
「それか、燃やされたか、じゃねーの」

 次のりんごを剥きながら、スバルがどうでもよさそうに話す。
 剥かれたりんごに手を伸ばしながら、カニが追い討ちをかけていく。

「姫はそんなことは言わない……と思う……多分……」

 彼氏のフォローも、どこかむなしい。

「レオ、お前の気持ちは分かる。けどいいか、よく聞けよ!」

 威勢のいい言葉とは裏腹に、寂しい旋律を奏でながら、フカヒレは静かに語りだした……。

「よし みんなきけ。名画を見た姫は、こう仰いました。

 『ふーん。なんか、ここに描かれている女の人、ちょっと太りすぎね。
  肥満は危険だから、もう少し痩せたほうがいいんじゃない?』

 だと」
「……は?」りんごを受け取ろうとした姿勢のまま、固まるレオ。
「だーっはははは! 姫すげー」バシバシとベッドを叩いて大笑いのカニ。
「流石だな、姫。まず女体に目が行くのか」何故か納得顔のスバル。
「よっぴーが言うには、姫は芸術オンチというか、美的感覚が特殊なんだとさ」

 がっくりと肩を落とすフカヒレ。そんな彼を慰める振りをしてトドメを刺しながらの会話が続いていく。
 姫へのプレゼントは難しい、という話題になり、各々が自分の考えを披露していく。
 巨乳オンリーのエロ本だの、髑髏の指輪だの、よっぴー全裸フィギュアだの言いたいことを言って笑い、時折レオが怒っていた。
 と、会話に参加せずに黙っていたフカヒレが、突然大きな声を上げる。

「謎は全て解けた! 戦闘民族の名にかけて!」
「ギリギリだな、おい」

 ツッコミを入れたレオを、ずびしっ、と指差し、冥探偵シャーク鮫氷がシニカルな笑みを浮かべる。

「なぜ姫が、男女交際経験の相手に対馬レオを選んだのか。コレは長い間、ファンクラブの間では大きな謎でした。
 別に相手のことを好きでなくてもいいなら、彼である必要性はありません」

 その言葉に、レオは顔をしかめる。男としては魅力が足りない、と姫の口から聞いているだけに、反論はできない。
 そして、“男女交際経験”というのも耳に痛かった。
 試しで付き合ってもらっている、と分かっているだけに、これにも反論することができない。

「むしろ経験にすぎないなら、顔が良い男は他にもたくさんいるでしょう? 俺とか」

 あごに手を当て、話しながら語るフカヒレ。持ったままだったギターが、みぞおちにめり込む。

「ぐおっ……のおぉ……。し、しかしその疑問は、たった今、解決しました。
 いいですか、絵といい、オブジェといい、彼女の趣味の悪さは皆さんお分かりですね。これは確かです。
 んー、ですから男の趣味も少々特殊、ということになるわけです、はい」

 笑いをこらえたような表情で、レオの顔を覗き込んだまま続ける。

「つまりですねー、対馬レオはどちらかというと、ブサイク?」
「ちょ……異議あり! よっぴーとか、姫が気にいってる女の子達はどうなるっ」

 当然、レオは猛烈な講義をする。なんぼなんでも、ブサイク呼ばわりはひどすぎる。

「いーですか、対馬君。それはそれ、これはこれ。お前のものは俺のもの、です。
 付き合っているとはいえ、姫は別にあなたに惚れているるわけではありません。
 あなたは、たまたま彼女の彼氏役に選ばれた、そうでしょう?」
「おい、フカヒレ。いい加減にしろよ」
「そーだぞ! 第一ブサイクがいいなら、おめーを選ぶはずだろうがっ!」

 あまりの言い様に、たまらずスバルとカニが怒り出す。
 それをものともせず、冥探偵は己の理論を展開していく。

「彼女のセンスでは、相手役は対馬君でも良かった。いいですか、ここでもう一度言っておきます。
 姫の美的センスは特殊です。
 つまり、その彼女に選ばれた対馬レオは、ブサイク。どこかおかしい所がありますか?」
「てめえの頭だっ! 第一、誰でもいいなら顔は関係ないだろうが」
「あと、顔もな。ひがみ丸出しでなっさけねーな、ボケ」
「どうせ連れて歩くなら、顔が良い方がいいでしょう? もっとも彼女のセンスで、ですが。
 彼氏役の男と、オブジェとの間に違いはありますか?」
「レオ、気にすんなよ。所詮はフカヒレ理論だ……ってオイ!」
「そーそー、真性ブサイクの言うことなんて、気にする必要……って、なんじゃこりゃあっ!」

 二人はフカヒレに一撃入れると、レオへと振り返った。
 と――――――。

「……雪。雪が降っている」

 虚ろな目をし、ぶつぶつと呟いているレオ。
 スバルが肩を揺さぶり、カニがほっぺたを引っ張っても、反応が返ってこない。
 唯一見せる反応といえば。

「――夢。夢を見ている。
 俺の代わりに、変なオブジェと歩いている姫。
 その顔は喜びに満ち溢れ――」

 相変わらず何やら呟いているだけである。その姿にショックを受けたスバルとカニは、気絶しているフカヒレに蹴りを加えていく。

「ちくしょうっ! こうなったら、俺の口付けで!」
「いやいやいや、ここは妖精であるボクの、熱いビーズでしょう」

 互いに牽制しながら、レオの唇を狙う二人。その頭が、ゴチンと音をたててぶつかる。
 いや、ぶつけられた。

「ビーズではなく、ベーゼだろう、蟹沢。
 それにこういった時は、お姉ちゃんの熱い抱擁と決まっている」
「っ……いてえよ、乙女さん」
「こんな夜遅くに、それも病人の部屋で騒いでいるお前達が悪い」

 掴んでいた二人の頭を無造作に離し、呆れたようにしているのは、鉄乙女。
 レオの親戚で、姉のような存在。そして現在、対馬家にて同居中である。

「レオも黙っていないで……ん?」
「……おれ、頑張ったよね。もう……ゴールしてもいいよね」
「おいレオ、どうした。どこにゴールするというのだ? ええい、誰か事情を説明しろ」

 乙女が説明を受け始めてから数分後、「ふごおっ」という、フカヒレの叫び声が上がる。

「あの、乙女さん。そいつひっくり返して、どうするんすか?」
「折る。あばらを」

 仰向けになったフカヒレの胸に、足を乗せる乙女。

「なるほど、そりゃいい。……って乙女さん、流石にやりすぎっすよ」
「いや、足りんくらいだ。妬みだかなんだか知らんが、レオが気にしている所をねちねちと弄り回して、情けない」
「おいカニ、お前も何とか言え……っていねえのかよ!」

 スバルが小声で話しかけた相手は、とっくにいなくなっていた。
 乙女がレオの異変に気づいた瞬間、これ以上の面倒はごめんとばかりに、部屋に帰ってしまっていたのだった。

「薄情だなぁ、おい。って乙女さん、そんなヤツよりも、今はレオのことを」
「……む。そうだな」

 不満げな顔のまま足を戻し、レオへと近づく。
 乙女とレオに見下ろされたスバルは、今度は小声で歌を歌っている。
 時折、ふふふ、と笑うのが怖い。

「なんかこう、ないんすか? 鉄流の記憶喪失術とか」
「そうだな、ない……事もない。だが、しかし……」
「やらないで後悔するより、やって後悔しましょうよ」

 煮え切らない乙女だったが、その言葉に一つうなずく。
 スバルに命じてレオを立たせると、その前に立ち、目を瞑って気合を高めていく。
 目を開けると、気合一閃、拳を振り上げる。

「って、乙女さんまさか……」
「そおいっ!!」

 拳は、レオの頭頂部に落とされ、ゴインと音をたてる。

「……星がたくさん見えるなあ。あれは彗星かなあ……」
「……ふむ。まだ足りないか」

 再び拳を握る乙女。

「よりによってこれかよ! ストップ、ストップ」

 スバルの制止より早く、今度は眉間へと命中する拳。
 言葉を失い、がくりと首を落とすレオ。
 やっちまった、そう呟くとスバルはレオをベッドに寝かせる。

「上手くいったようだな」
「……乙女さん、これじゃあ記憶を失ったかどうかわかんないじゃないですか」
「そうだな、目が覚めるまで待つしかないな。今日のことはレオには話すなよ」

 乙女はそう言うと、フカヒレの足を持ち部屋を出て行く。
 ガンッ、ガンッ、ガンッと断続的に聞こえてくる音に、友人のこれからの運命を思いやり、心の中で合掌するスバル。

「どれ、俺はカニ坊主に説明しに行くとするか」

 スバルがいなくなった暗い部屋では、先ほどまでの喧騒が嘘であったかのように、主の小さな寝息だけが聞こえていた。



 翌朝、部活に行くという乙女を見送りながら、レオは微妙にではあるが、違和感を感じていた。

 昨日いつ眠ったのか、覚えていないこと。
 やけに心配そうだった、スバルからのモーニングコール。
 家の中に残る、わずかな血の跡。
 姉から漂う、血の匂い。

 そして極めつけは、問いただそうとするレオから、逃げるように出かけてしまった姉。
 すっきりとはしないが、特に何も困らないのでいいか、と思いながら漫画を読む。
 しばらくするとチャイムが鳴り、来客を告げた。

「ハーイ」

 扉を開けたレオの視界に飛び込んでくる、見事なブロンドと美貌。
 間違えようの無いその人物は、霧夜エリカ。一応、レオの彼女である。
 予想外のことに戸惑うと同時に、彼の頭の中に、いくつかの単語が現れては消える。

 ――野球――景品――収穫済の幸――フカヒレ――よっぴーの全裸フィギュア――探偵――

「どうしたの、対馬クン。顔が悪いわよ」
「顔色でしょ、エリー」
「ひ、姫の美的センスは……」
「……何? 世界一?」
「……少々特殊?」

 ゼーゼーと苦しそうに呼吸する口から、何とか言葉を吐き出すレオ。
 言われた姫は、最初何を言われているのか分からなかったが、その言葉の意味を理解すると、

「ていやっ」

 掛け声とともに、ニーキックを放つ。

「……ゴール」

 一言そう残し、崩れ落ちる対馬レオ。
 その顔は安らかかつ、満足そうなものであったと、姫とともにお見舞いに来ていたよっぴー(希望により仮名)は後にそう語る。

 都合の悪い記憶は失われたが、実はマゾ? やっぱり受け?
 という都合の悪い噂が飛び交うことになるのは、また別のお話。








  <完>



・あとがき
 とりあえず、一本習作で書いてみました。
 対馬ファミリーのどたばた感が出ていれば良いのですが……
 あとは、オチの弱さかな。


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