「まったく……一人で寝るようになった途端にこれじゃあ、先が思いやられるわね」

 心底呆れた私の声に、目の前で正座している空也の体がびくりと震える。

「だから、違うよ。ボクじゃないってば」

 俯いていた顔を上げて反論するが、きちんとした証拠がある以上、言い訳できるはずがない。

「ねー、モエー。布団、ここでいいのー」
「あ、うん、そこが一番良くお日様があたるから」

 姉妹の中では一番力のある瀬芦里が、空也の部屋から布団を運んできて、物干し竿にかけて乾かし始める。
 巴の手には、空也がさっきまで着ていたパジャマと下着。

 干された布団に目を向けると、見事な世界地図が出来上がっていた。




『おねしょ』





「だからボクじゃないってば。寝る前にちゃんとトイレに行ったもん」

 両膝をモジモジとすり合わせながら空也が突っかかってくるが、地図が描かれた布団にびしょ濡れのパジャマという証拠があっては、否定されてもそうと認めることはできない。
 だが気になるのは、普段は素直な空也のかたくなな態度。いつもは悪いことをしたらすぐ謝るのに、今回ばかりは必死だ。
 よほど恥ずかしいのか、それとも本当にしていないのか。
 じっと空也の目を見つめると、赤い顔をしながらも目を逸らすことなく見つめ返してきた。
 ……やっぱり、可愛い顔をしてるわよね。

「……か、要芽姉さん、ちょっと」

 再び空也に問いかけようとしたところで、ためらいがちに巴が声をかけてきた。
 その瞬間を待っていたかのように、立ち上がった空也が走り出す。

「待ちなさい、どこへ行くの!」
「トイレー、漏れるー!」
「漏れるって、もう漏らしてるでしょうに」

 溜め息つきつつ空也の背中を見送ってから、巴へと向き直る。

「あの、空也の洗濯物なんだけど」

 そこまで言うと、ちょっと困ったように笑い言葉を濁すのを、目で先を促す。

「お、おしっこの臭いがしないんだ」

 よほどその単語を口にするのが恥ずかしかったのか、赤い顔で耳打ちしてくる。
 はて、いったいどういうことだろうか。あるべき、いや、臭うべきところが匂わないというのは、おかしな話だ。
 巴と二人、考え込んでいるところに瀬芦里の声が割り込んでくる。

「ねー、くーやの布団なんだけどさー。タカの臭いがするよ?」

 ああ、謎は解けた。しごくあっさりと。
 キョトンとした顔の瀬芦里に、大体の事情がわかったのか苦笑している巴。
 さて、どうやって犯人を捕まえようかしら。などと考えていたら、鴨が葱背負ってやってきた。

「おはようございます、お姉様」

 すっかり着替えた高嶺は朝の挨拶をしながら、「汗かいちゃったから、洗濯お願い」とパジャマを巴に手渡す。
 ――迂闊さここに極まれり。
 高嶺みたいな娘を“ドジっ娘”っていうのかしらね。

「巴、どう?」
「えっと……する」

 ハハハと乾いた笑いを浮かべる巴を、怪訝な顔で見ている高嶺。
 その後ろに静かに回りこんだ瀬芦里が、がっちりと羽交い絞めにする。

「えっと、こういう場合なんて言うんだっけ? 確保?」
「ちょっと何するのよ!」
「ええい、静かにしないか、このお漏らし娘が!」
「な!? あたしじゃないわよ! おねしょしたのは空也でしょうが!」

 この子は私よりも頭はいいはずなのに、どうしてこう、もっと上手く活かせないのだろう。

「ねえ、高嶺」優しい声で続ける「起きてきたばかりのあなたが、どうして空也がおねしょしたことを知っているのかしら?」
「え!? いやそれはそのですね」

 きょろきょろと視線を動かしながら口を開くが、次の言葉が出てこないようだ。
 もっと嬲ってあげたいけれど、お腹もすいてきたし、フィナーレにしましょうか。

「御仕置き、ね」

 にっこり笑顔で、そう宣告してあげた。



 えぴろ〜ぐ

「あのね要芽お姉ちゃん、本当にボクじゃないんだよ」
「ええ、それはわかったわ。それより巴のお手伝いするんでしょ、早くなさい」
「あ、うん、わかってくれたならいいけど…………なんで高嶺お姉ちゃんは正座してるの?」
「気にしなくてもいいのよ」
「物凄く怖い顔で睨んでくるから、そうする。けどもう一個聞いていい?」
「いいわよ」
「瀬芦里お姉ちゃんが持ってる大きい石、どうするの?」
「あれはね、載せるのよ」
「?」
「高嶺の膝に」
「ひいっ! お姉様それって冗談ですよね、嘘ですよね!?」

 さて、どうしましょうか。








  <完>



・あとがき
 とりあえず一作。
 柊姉弟の幼い頃の口調が良くワカランです。
 とりあえず、“ねぇねぇ”とか“ともねえ”は無しの方向で。


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