※このSSでは、要芽姉様の台詞を、ゲームからかなり引用しています※
数年ぶりに空也が、ここ、柊家に帰ってきたのは今年の夏――七月二十一日――のことだった。
久しぶりに会う空也は、私の予想どおりに、いえ、それ以上にいい男になっていた。
けれど、許せなかったのは――瞳。キラキラとした、汚れを知らないかのような、その瞳。
そんな瞳で、見られたくはなかった。私は、すっかり変わってしまったのだから。
昔と変わらず、空也は私の後を付いてくる。
思いがけず、心が揺れた。でももう、私は傷つきたくはなかった、失いたくはなかった。
そうならないためには、空也が私から離れてくれればいい。
そうすれば、空也を愛することもない。そして、私は傷つかずに、失わずにすむ。
――――――我ながら、なんてネクラ。
再会したその日の夜、私は空也を襲った。
当初の予定をオーバーして、やりすぎたと思うくらいに、やってしまった。
逆襲されても、完璧に無視されても構わない。ああ、そうかと思うだけだ。
けれど空也はどちらもしなかった。しかし、昔のようにべったりする事もなくなった。
――これでいい、この距離が一番良い。付かず離れずの、この距離が。
そうこうするうち、夏も終わって、九月になった。
以前からの予定通り、私はヨーロッパへの一人旅に出かけた。
――悲しい思い出の詰まった、日本から離れるために。
――空也から、完全に離れるために。
そのための、一人旅だった。
「要芽 ―彼女のプロローグ―」
written by まちす
旅先で、空也がお父様に連れられて、修行の旅に出かけたと聞いた。
世界を一周する修行らしい。
楽しそうなお父様と、ぶつくさ言う空也の顔が、浮かんだ。
世界を巡るなら、もしかしたら会えるかも。
今こうして、お茶を飲んでいる私の前に、突然出てくるかも。
そんな考えが浮かび、自分の口元が緩んでいる事に気づく。
いけない。
空也のことは、忘れないといけないのに。
けれど、目に付く男たち、声をかけてくる男たち。
彼らを空也と見比べている、自分に気づく。
髪はもっと空也みたいに…顔立ちは空也のほうが…笑った顔も空也のほうが…。
空也のほうが、空也のほうが、空也の、空也、空也空也空也……。
忘れようとすればするほど、意識しないようにすればするほど、私の中でその存在は大きくなる。
弟のくせに、姉を困らせるなんて、なんて生意気。
また、口元が緩んでいることに気が付く。
いけない。
忘れたいのに、忘れないといけないのに。
弁護士より夢中になれる仕事。
空也よりも好きに、夢中になれる男。
日本を、空也を忘れさせてくれるなら、なんだって、誰だって良かったのに…。
結局、何も見つからなかった。
何処にも行けなかった。
けれど、一つだけわかったことがあった。
そう、それは……
私に遅れること数ヶ月、空也も日本へと帰ってきた。
去年と同じ――七月二十一日――。
高嶺と一緒に駅前には行かず、海風を受けながら、堤防に立つ。
一年前と同じ場所で、同じように再会を果たそう。
そう、思った。
しばらくすると、高嶺に連れられて、空也が目の前に現れた。
頬を撫でながら、話しかける。相変わらず綺麗な瞳。
私を見つめたままの空也の手を、ギュッと握り締める。
手は、ためらうことなく、キュッと握り返された。
私は、まだ嫌われてはいないらしい。
今、私はどんな顔をしているだろう?
良くわからない。
車に乗り込み、家へと向かう。
言葉を交わす中、思わず漏れてしまった言葉。
「何処にも行けなかったわ……」
幸いにして、空也の耳には入らなかったようだ。
じっと横顔を見つめる、空也の視線。
私の問い掛けに、少し困惑しながらも、クサイ台詞を返す。
そうして、とどめの一言。
「そうだよ、俺はお姉様っコさ」
どうしよう、もしかしたら。
……もしかしたら…嫌われていないどころか……
ぎゃあぎゃあ騒ぎ出した二人をたしなめながらも、私の心は揺れていた。
とても、とても大きく、揺れていた。
柊家に着き、空也の部屋へ。
早速、空也の鞄を漁り始める高嶺。
案の定、また騒ぎ始める二人。
内心の動揺が現れないうちに、私は空也から、離れた。
その日の夜、去年と同じように宴会が行われた。
今年は、空也の帰還と元服を祝って乾杯。
私と高嶺以外の姉に囲まれ、嬉しそうな空也。
ふと気がつけば、空也がいない。部屋に戻ったのかしら?
時間は、深夜二時。もう、空也は寝ているかも。
昔のように、空也の寝顔を見ようと、部屋へ向かう。
そういえば、去年は薬を盛って、襲ったんだった。さすがに警戒しているかしら。
静かに扉を開け、枕元へ。
良かった、寝ているみたい。
空也の頬を優しく撫でる。幼い頃と変わらない寝顔。
頬を撫でていると、自然と言葉が漏れた。
「……私はね。心機一転しようと、外国で新しい自分を模索してみたわ」
「でも、駄目だった。何も見つからなかった」
「ただ、分かった事が一つあるの」
そう、たった一つだけ分かった事。
「……結局……私の幸せは……空也の………になる事だけ」
「姉と弟、か。いっそ、血が繋がっているなら、諦めもついたのにね……」
これは、本音。
弱い私の、本音。
撫でていた頬にキスをして、私は部屋を後にした。
あれ以上、空也の顔を見ていたら、自分を抑えられない。
思いのままに動いてしまったら、また、失ってしまう。
愛する人を、空也を。
そうなってしまったら、私は二度と、立ち直れない。
だから、空也から離れないと。
冷たくされても平気なように、心を凍らせないと。
不思議な色の、綺麗な貝。
育ての姉との、絆らしい。
――絆――
私が欲しかったもの。
私が信じたかったもの。
私が、信じられなかったもの。
――空也との、絆――
嬉しそうに、懐かしむように話す、空也。
許せない。
そんな瞳で、他の女との思い出を、絆を語るなんて。
気づけば、空也に当たっていた。
まさか、昨日の決意が、こうも簡単に崩れるとは。
弟のくせに、なんて生意気。
そして、なんて弱い、私。
お父様のおかげで、その場をしのぐ事ができた。
もっと、しっかりしないと。
決意を新たに、皆のところへ向かう。
その翌日。
お昼過近くに、ようやく、空也が起きてきた。
雛乃姉さんの提案で、家族そろっての記念写真。
ぞろぞろと中庭へ出る。
瀬芦里と海が、早速空也にまとわりつく。
私は、隅の方へ移動する。
一枚撮って、お父様を入れて、もう一枚。
といったところで、チャイムが鳴る。
まさか、その来客が、私と空也の関係を、変えようとは。
昨日までの決意を崩し、新たな決意をさせようとは。
私は、まったく考えもしていなかった。
いつまでも続くと思っていた、同じ夏。
けれども、今年の夏は――
<完>
あとがき
姉しよSS、二作目は要芽姉様の一人称になりました。
結構書きやすかった。びっくりディス。
上手いかどうかは別としてですが。
問題は、ゲーム本編でもぼかされていた、要芽姉様の台詞。
要芽姉様の一人称である以上、ぼかすわけにはいかず、にんとも。
最終的に、ぼかしました。ゲーム中よりははっきりさせましたけども。
婉曲的な表現を使おうかとも思いましたが…実は未だに迷ってたりします。
どうしましょ?