夏休みも終わり、十月を間近に迎えた九月のある夜。
伊達スバルに強引に連れ出された対馬レオは、駅前の屋台でラーメンをすすっていた。
今日一日落ち込んでいた親友の話を聞き、元気付けてやろうという算段のスバルに無理やり連れ出されたのだった。
無言で麺をすするレオに、わざと明るく茶化すような口調でスバルが話しかける。
「どうしたー、レオ。元気が無いぞー。姫と喧嘩でもしたか、ん?」
レオ、無言。否定するでも怒るでもなく、ただラーメンに向かっていた。
「ありゃ、マジかよ。……今日一日、口聞いてなかったもんなー、姫もなーんか気まずそうな顔してたしなー」
相変わらず無言のレオに溜息をつきながら、スバルも箸を進める。
「おっちゃん、おあいそ」
清算を済ませる時も、レオは何も喋らなかった。屋台のおっさんの「うまかったか」という問い掛けに頷いただけである。
長引きそうだな、こりゃ。とスバルは覚悟を決め、手近な自販機で買ったお茶をレオに渡す。
それをちびちびと飲みながら、男二人で当てもなく町を歩くと、いつしか日頃のトレーニングでよく来る公園にいた。
なんとなくベンチに腰掛け、無言で時間を潰す。
十分ほど経った頃、それまで無言だったレオが唐突に口を開き語り始めた話に、スバルは黙って耳を傾けた……。
― ・ ― ・ ― ・ ―
今日の朝、珍しくっていうか、初めてかな、姫が起こしに来てくれたんだ。
タイミングの悪いことに、カニが布団に潜り込んでてさ。
開口一番「何やってんのよっ!」って言いながら本気ビンタ。
釈明? そりゃしたさ、嫌われたくないもん。
怖い番組見たら、怖がりのこいつは俺のところにくるんだ、って。
家族に見捨てられてるから、俺のところぐらいしか避難場所がないんだ、って。
妹みたいなもんだから、浮気とかじゃ絶対無いから、心配しなくてもいい、って。
まあ、納得はできないよな。俺が姫の立場なら納得できないし。
で、冗談のつもりで言ったんだ。
「姫と佐藤さんみたいなかんじだよ」
そしたら……そしたら姫がさぁ、
「じゃあ、浮気じゃないのっ!」
真っ赤な顔で叫んだと思ったら「ぬかったあ」って呟いて、ダッシュで出て行っちゃってさ。
……なあ、どう思う? 二人がキスしたことある、ってのは聞いてたけどさ。
なあ、もしかして……もしかする?
― ・ ― ・ ― ・ ―
「ア、オレソロソロ、バイトノジカンダカラ」
「おまえ、今日バイト休みって言ってたじゃん! 携帯鳴ってないじゃん!」
レオの伸ばした手を振りきり、ダッシュで闇に消えていくスバル。八百メートル界、期待の星というのは伊達ではない。
一人残されたレオは、ベンチにどかっと座り、ドナドナを口ずさむ。さびしい気持ちの時はこれに限る。
残っていたお茶を、のどに流し込みながらぼーっとしていると、後ろの茂みでボキっという音がした。
恐る恐る振り向くと、こっそりと逃げ出そうとしている海老、もとい女性の後姿があった。
気まずそうに振り返ったのは、佐藤良美、通称よっぴー。先ほどの話に出ていた“佐藤さん”その人である。
「な、な……なんで……」
「ご、ごめんなさい! 全部聞いちゃいました」
沈黙状態に陥った二人は、何をするでもなく、ただ見つめあう。虫の鳴き声が耳に心地いい。
「あ、あのね」
先に動いたよっぴーの声に、反射的にレオは駆け出した。
――なぜか、よっぴーの方へ。
「うを、間違えたっ!」
落ち着け、レオ。
慌てて方向転換しようとした瞬間、よっぴーに抱きつかれ、捕らえられてしまう。
彼女の意外な腕力の強さと、背中に当たる姫よりも大きい二つの感触に、レオは逃げることができない。
「……あのさ、対馬君。私とエリーの関係、知りたいんだよね」
知りたいような知りたくないような、知らなきゃ駄目なような、けれど知ったら色々と終わってしまいそうな感覚に襲われたレオには、何も答えられない。
「今からね、エリーが私の家に来るんだ」
抱きしめた腕に力を込めて、よっぴーは続ける。
「……確認、しにくる?」
確認したい。それが脊髄反射でレオの出した答え。
わざわざ誘うくらいだから、何かがあるのだろう。ナニかが。
「じゃ、行こっか」
よっぴーの目が妖しい光を放っていることに気づかず、レオは黙って付いて行ったのであった……。
数日後の日曜日。まだ早朝といっていいだろう時間、レオの部屋に二人の美少女が入っていった。
「……あきれた。この男、また一緒に寝てるじゃない」
「……確かにこの状況じゃ、エリーも怒るよね」
「でしょう、よっぴー」
レオの掛け布団をめくった二人は、目の前の状況にそろって溜息をついた。
「ほら、起きなさい。つーか、起きろ!」
「エ、エリー、そんなにしたら」
「ふおっ! 敵襲!?」
力いっぱいがくがくと揺さぶられ、レオが跳ね起きた。そして世話しなくきょろきょろと部屋を見回す。どうやら、まだ半分寝ているらしい。
しばらくして、ようやく枕もとの二人に気が付いた。
「お、おはよう」
「おはよ」
「おはよう」
状況はちっともわからなかったが「朝はおはようございます、だよ」の格言どうり、レオは二人に声をかけた。
だが、不機嫌さをちっとも隠そうとしない返事に、思わず視線を落とす。
その先には、だらしなく寝こけている、蟹沢キヌ(一応、年頃の娘)。
「うん、わかった。おーけー、二人とも落ち着いて話し合おう」
二人に笑顔を向け、爽やかに申し出るレオ。
「ええ、言い訳は下でゆっくり聞かせてもらうわ、レオ」
その右腕に自分の腕を絡ませながら、姫が微笑む。
「そうだね。納得のいく説明が欲しいな、レオ君」
続いて、よっぴーが左腕を確保。
「や、やだなあ、エリカも良美も怖い顔しちゃってすいませんごめんなさい」
二人ににっこりと笑顔でにらまれたレオは、ドナドナをBGMに部屋から連れ出される。
家主不在の部屋には、残されたカニの安らかな寝息だけがあった。
――え? 三人の関係?
推して知るべし。
・あとがき
もともとはトップページ用の一発ネタだったんです。
話を聞いたスバルが無言になってしまって終わり、という。
場所の設定をしっかり決め、さらに移動させたら、なんだか中途半端な長さになってしまい、オチが付かなくなってしまいました。
ほんで、よっぴーを出してみたら、こんなオチに。
うん、結構満足。