いつもの昼休み、美坂チームは混み合った学食で、話に華を咲かせながら昼食をとっていた。
最初の話題は、祐一と名雪の『遅刻ぎりぎり登校』について。
次いで『一番ひどかった遅刻』へと移り、祐一引越し初日の『二時間待ちぼうけ事件』になる。
「ふーん、それじゃあ相沢君てば、二時間も待たされたんだ。ご苦労様」
「う〜」
「しかし、二時間の遅刻とは、凡人とはスケールが違うな。さすが水瀬さん」
「う〜」
「多少の遅刻ならともかく、なにせ二時間だからな、二時間」
「う〜、みんなひどいよ〜」
「ひどくない」
「二時間待たされた」という祐一の話を聞いて各自が感想を口にする。
香里、北川、祐一のそれぞれの感想に不平を漏らす名雪。
だが彼女の意見は、三人の息の合ったツッコミに沈められる。
「一時に待ち合わせなのに、来たのは三時。しかも『まだ二時くらいだと思ってたよ』と来た」
ジト目で名雪を見ながら話す祐一。
「しかも『寒くない?』って、寒いに決まってるっつーの」
祐一の話を聞き、「ううう」と涙目になる名雪。
「でもなんでそんなに遅れたのよ」
「昼過ぎだし……寝坊では……ないよな」
慰めるように名雪の頭を撫でながら話しかける香里。
腕組みしながら自分の考えを口にする北川。
だが、今一否定しきれないのか、「でも休みだし、昼まで寝てたんならするのか?」等と呟いている。
「うん、いい機会だ。名雪、何ゆえ二時間も遅れたのか申してみよ」
何故か偉そうに問いかける祐一。
「う、うん。それじゃ話すよ」
香里の手を頭に乗せたまま、心持ちキリッとした表情になる名雪。
そうして彼女は、あの日について話し始めた……
<名雪の証言>
祐一を迎えにいく日はね、顧問の先生が見つからなくって、部活がなかなか終わらなかったんだよ。
それで、三十分だけ駅に着くのが遅れちゃったんだ。
お店をのぞきながら、グルッと駅の中を一周したんだけど、祐一はいなかったんだよ。
もう一人で家に行ったかもしれないと思って、家に電話したら「祐一さんならまだ来てないわよ」ってお母さんに言われたんだ。
それでね、『もしかしたら駅の近くのデパートとか、本屋さんにいるかもしれない』って思いついて、駅前のお店を回ってみたんだよ。
でもね、祐一はどのお店にもいなくって、『もしかしたら、家に向かう途中で、迷子になったのかも』って今度は考えて、交番に行こうとしたら……祐一を見つけたんだよ……。
<証言・終>
「へえ、それで相沢君てば、どこのお店にいたの?」
「お店じゃなかったんだよ、香里」
「お店じゃないって、それじゃ駅にいたの?」
続きを促してくる香里に、ちらちらと横目で祐一の様子を見ながら、なぜか困ったような表情で話す名雪。
一方見られている祐一はというと、最初こそ憮然とした顔をしていたのだが、話が進むにつれ、なにかショックを受けたようでピクリとも動かなくなった。
隣に座る北川が、「おーい、大丈夫か?」と言いながら突付いていたりするのだが、それにも反応を示さない。
「……うん、駅なんだけど、駅じゃないっていうか……」
「もうっ、ここまで来たら、ズバッと言っちゃいなさいって」
「……駅前の」
「駅前の?」
「……ベンチ」
「……はあ?」
なかなか祐一の居た場所について話さない名雪を急かす香里。
勿体ぶって、ようやく告げられた場所は、「駅前のベンチ」であった。
さすがに一月という寒い時期に、外で待っているとは考えもしなかったのであろう。
答えを聞いた香里は、思わず大きな声を出していた。
「ベンチって、その日は寒くなかった日だったのか?」
「ううん、寒かったよ。雪も降ってたし」
「……相沢……お前……なんでそんな天気なのに……」
祐一の意識をこちら側へ呼び戻すのを諦めた北川が、当然の疑問を名雪にぶつける。
答えを聞いた彼は驚き、唖然とした顔で祐一を見ている。
「駅前のお店を見てた時にね、変な人がいるな。とは思ってたんだよ。
雪も降ってるのに、ベンチにじっと座ってて寒くないのかなって思ったんだ。
祐一は、昔から寒いの苦手だったから、まさか……」
「もういい、もういいのよ名雪」
辛そうに話す名雪を止める香里。その顔には優しさが満ちている。
「水瀬さん、頑張ったんだな」
うんうんと頷きながら、北川も彼女に労わりの声をかける。
混み具合も程よく収まった学食。その中のテーブルの一つは、優しさに満ち溢れ、包まれていた。
と、それまで口を開く事もなく固まっていた祐一が、突然動き出す。
「なんだよ! ベンチで迎えを待つのがそんなにおかしいのかよっ!?」
「……あのね、相沢君。あったかいならともかく、なんだって寒い中ベンチなんかで待ってたのよ?」
「雪も降ってたおー」
大声を上げた祐一に、冷静につっこみを入れる香里。ここぞとばかりに名雪も便乗する。
「そこにいたら、早く見つかると思ったんだよ!」
「……もしかして、駅を出たら迷って戻れなくなった、とかじゃないわよね」
「方向オンチだおー」
「さすがにそんなことはないわいっ!」
香里と名雪のつっこみと煽りに、ヒートアップし続ける祐一。
「はいはい」と言いながら、肩をすくめてお茶に口をつける香里。
名雪はデザートのイチゴのムースに手をつける。
その応酬を黙って見ていた北川が、今度は口を開く。
「なあ、相沢。途中で水瀬さんちに電話とかしなかったのか?」
「……番号……なかった……」
北川のつっこみに、ぼそぼそと小さな声で答える祐一。
「聞こえん」
「電話番号、覚えてなかったんだよ! メモは無くした! ふーん、どうせ間抜けですよ」
「ホントだな」
北川の容赦ない追求に、投げやりに答える祐一。
その答えにすら、容赦のない一撃が加えられる。
「でもさぁ、雪が降ってきたんなら、駅の中に戻るだろ? 普通はさ」
「……戻った瞬間に、名雪の姿が見えたら負けだろ?」
「それなら、せめて傘を買うとかさ」
「……敗北感を味わうだけでなく、いらん出費までしろと言うのか?」
「……変なところで、変に頑固なやつだな、おまえ……」
普通に考えられる対応策を言ってみた北川だが、祐一はどちらにも首を横に振る。
さすがに呆れて、溜息をつきコーヒーを飲む北川。
むすっとした顔で、まだ残っていたAランチを食べ始める祐一。
残りの三人は、飲み物を口に運びながら、ちらちらと祐一の様子を伺い、溜息をついている。
その三人の態度に我慢の限界が来た祐一が、食事の手を止める。
「あのなあ、言いたいことがあるんなら、はっきり言ってくれ。食いづらくってかなわん」
「話を聞いてると、別に名雪は悪くないじゃない。三十分の遅刻はともかく」
「二時間も遅れたのは、確実に相沢のせいだな」
「悪いのは祐一だおー」
「…………」
「寒いのが苦手って本当は嘘なんでしょ?」
「俺たちなら二時間も外でじっとしてるなんて、無理だな」
「祐一は鈍チンなんだおー」
「………」
「変わった人だとは思ったけど、ここまでとはねー」
「変わった、と言うよりは非常識だな」
「もう手遅れなんだおー」
「……」
「あら、相沢君。手が止まってるわよ、気にしないで食事を続けて」
「いや、手遅れな人なりに言いたいことがあるのかもしれんぞ」
「何を言っても無駄だおー」
「……」
祐一に言われたとおり、言いたいことを言い合う三人。
初めは食事をしながら聞いていた祐一も、次第に手が止まり、箸を持つ手だけではなく、体全体が小さく震えだす。
そんな祐一に気づきながらも、淡々と言葉を続ける三人。
「だ、黙って聞いてれば、ほんとに好き勝手言いやがって!」
三下の悪役っぽい台詞を口にしながら、乱暴に椅子を飛ばし勢い良く立ち上がる祐一。
「はっきり言えって言ったのはあなたよ、相沢君」
「逆切れは見苦しいぞ、相沢」
「イチゴのムース、美味しいおー」
それぞれお茶とコーヒーを飲みながら、祐一を軽くあしらう香里と北川。
名雪の興味は、すでに祐一からイチゴのムースに移っていたらしく、立ち上がった祐一についてのコメントはない。
勢い良く立ち上がったはいいものの、その勢いをそがれ立ちっぱなしの祐一。
「ふん、寝雪め。これで勝ったと思うなよ。あほっぽく『だおー、だおー』言ってるがいいさ」
飛ばされていた椅子を引き寄せ、すごすごと座りなおしながら負け惜しみを口にする祐一。
その台詞が聞こえたのだろう、ムースを食べ終わった名雪が祐一を見やり、口を開く。
「わざとだおー」
「くそっ! とことん俺を馬鹿にしやがって!!」
にっこりと満面の笑みを浮かべた名雪にあっさりと言い返され、座ったかと思いきや、再び勢い良く立ち上がる祐一。
「ふ、無様ね」
「逆切れ、かっこ悪い」
「うー、もう一個くらい食べたいおー」
そんな祐一に、クールにトドメを刺しにいく香里。
とことん呆れたように、棒読みで続ける北川。
やはり祐一よりもイチゴのムースが気になる名雪。
そんな三人に視線を向けられた祐一。
「ちくしょうっ! 覚えてやがれ!!」
今度こそ三下の悪役、しかもやられ役のお決まりの台詞を告げると、勢い良く学食の出入り口めがけ走り出す。
「相沢君、走ったら危ないわよー」
「おいこら相沢、後片付けぐらいはしていけよ」
「う〜、おかわりが欲しいおー」
学食の出入り口まで辿り着き、振り返る祐一。
涙目になっているところを見ると、よほど悔しかったらしい。
「ふん、おまえら……」
「あ、ゆーいちー。イチゴのムース残すんだったら、もらってもいーいー?」
なにか言おうとした祐一の言葉を、聞いているのかいないのかあっさりと遮り、のほほんと話す名雪。
唖然とした顔でしばらく名雪を見ていたが、少しすると力なく床に膝を着き、泣きながらうな垂れる祐一。
そんな彼の姿を見て、テーブルを叩き、大爆笑する香里と北川。
祐一の返事も聞かず、ご満悦といった表情でムースをぱくつく名雪。
うな垂れる祐一に、「がんばって」、「負けるなよ」等と、思い思いの言葉をかけながら学食を出て行く生徒たち。
「よ、チャレンジャー」等といったからかいの言葉も多分に含まれていたのは、ご愛嬌というものであろう。
一つの真相が明るみに出、後に残ったのは敗者の惨めな姿と、
「う〜、イチゴ、美味しいんだおー」
勝者の歓喜の雄叫びであった。
あとがき
カノンSSを読み始めた頃、よく目についたのが「二時間も待たせる名雪は(以下、検閲前に自粛)」というアンチ名雪な方々のSS。
でもね、雪国の常識で言うと、外で待ってる祐一の方がおかしい。
寒くて雪が降る、ということがわかっている一月に、外で待ち合わせなんて絶対しないよ。
なのに屋外に二時間もいる勇者。そんなん絶対におらんって。
ということで書いたのが、このSS。
こんな遅刻の原因はあったかなぁ?
他の作家さんのSSと被ってたら教えてくださいね。