いつもの様に、賑やか過ぎる夕食を終え、ともねえと後片付けをする。
そして、おいでましたる就寝までの、束の間の安らぎのひと時。
……なにせ布団の中に入っても油断できないからね、この家は。
俺が断らないのが当然、と言わんばかりの態度でパシリを命じるツインテール。
…いや、断れないんだけどね。
あんなに頭が良いのに、なぜ『胸はもう育たない』という事実を受け入れないのだろうか?
希望は誰にも等しくあるけれど、『成長具合は不平等』という事実を知りはしないのだろうか?
……不憫な……チクショウ、涙が出てきやがるぜ。
文字通り、姉貴に家から蹴り出されてしまった。ふっ、クールに夕食後の散歩としゃれ込みますか。
まぁ、ゆっくりはできないんだけどもね。
柊家を出て、夜空を眺めながらプラプラと歩き始める。
夜になり風が出てきたせいか、昼間の暑さが嘘のように涼しい。
空に向けていた視線を少しだけ下げると、犬神家のベランダが視界に入る。
と、それを見ていたかのように声をかけられる。
言い終えると、ムッとした表情になるねーたん。俺が嫌がってはいない、と頭では解っていても納得がいかないのだろう。
ねーたんはやっぱり優しいなぁ。あ、涙が出てきた。
「うん。それもあるけど、散歩も兼ねてるんだ。風が気持ち良いしね」
「……私も行く。ちょっと待ってて」
言葉を交わしたあと、すぐに姿が見えなくなる。
ぼーっと夜空を見ながら、犬神家前でしばし待つこと数分。
「お待たせ〜、くーやちゃん。それじゃ行きましょ」
「……………………」
……あれ? ねーたんは? つーか何で普通に出てくるのかな、この人は?
夜空を見上げたまま、しばし脳内会議にふける。
どこでねーたんと俺の話を聞いてたんだろう、ねえやは。
てっきりテレビを見てるもんだとばっかり思ってたのに。
ひいっ、しまった。別に無視するわけではなかったのに、ねえやの機嫌を損ねてしまった。
しかし、こんな時のために身についた、もとい、つけた知恵がある。
そう、この三つだ。柊、犬神家の弟として生きていくには最優先事項だ。
この三つさえクールにきめてりゃ大じょ……
嬉しそうな声を出してヘッドロックかけないでよう、ねえや。
後頭部の柔らかいのは嬉しいけどさ。
「……ご、ごめんなさいぃ、ちょっと考え事してただけで、決して無視しようとしたわけでは」
「それを無視するって言うのよ、くーやちゃん」
「ねーさん、ずるい」
「あら歩笑ちゃん、遅かったわね。待ちくたびれたわよ」
呆れたような、恨みがましいような視線を向けるねーたんを、台詞の随所にハートマークを飛ばしながらかわすねぇや。
ねーたんの話によると、「くー君と買い物に行くから留守番よろしく」と伝えるやいなや、ねぇやはパソコンや部屋の電源はそのままに飛び出したらしい。
……なんか、あのさ、ねぇや、もうちょっとだけでも落ち着こうよ……。
「それじゃ、皆揃ったところで、ゴーゴーゴー」
ま、この明るいところがねぇやの魅力で良いところだから、しょうがないか。
ねーたんに注意されながら、静かに騒ぎつつコンビニへ。
店内でねぇやとつっこみ漫才をして注目を集め、ねーたんのハリセンと、店員のおねいさんの冷たい視線をもらう。
柊家を出る前は、ものすごく簡単だったはずのミッションレベルが、いつのまにか跳ね上がっている気がする。
「……! もしや、この難易度はVERY HARDの上、EXTREMEなのか!?」
「くーやちゃん、返事をして、くーやちゃーん!!」
「二人とも、うるさい」
ぺこぺこと謝りながらコンビニを後にする。
そうして、ねぇや・おれ・ねーたん、いつもの並びで歩き始める。
鼻歌を歌いながら、堤防の上を歩くねぇや。
そのねぇやにお説教をし始めるねーたん。
よっぽどさっきのコンビニ騒動が恥ずかしかったらしい。例によってねぇやは聞いているやらいないやら。
二人のやり取りを見つつ、空を見上げる。
気のせいだろうけれど、さっきよりも星の数が増えているような気がする。本当に、気のせいだろうけれど。
「くーやちゃん、また星見てるわね。そんなに好きだったかしら?」
「そんなに見たいなら、望遠鏡貸す?」
お説教タイムはいつの間にか終わっていたらしく、二人が話しかけてくる。
視線は夜空に固定したまま、適当に返事をする。
「ねぇ、ちゃんと聞いてるの? くーやちゃーん」
「…………」
「親父と二人で世界を回ってる時にさ、色んな国で、色んな状況で空を見たんだ。
そしたらなんか、それが癖になったみたいでさ。
今みたいな星空もあれば、流星の凄かった空もあったよ。曇ってて星の見えない空もあったし、オーロラを見たこともあったような。
えーと、何が言いたいのかわかんなくなってきたな」
姉さん、こんな時、馬鹿な自分がどうしようもなくイヤです。
それでも、こんな頼りない説明でも言いたい事は伝わったのか、うんうんと頷く二人。
珍しくおしとやかな声を出すねぇや。その表情はどこか幸せそうにうっとりしている。
絡んだ腕にかかる力が、少し強くなった気がする。
こちらも珍しく、からかう様に話しかけてくる。何か言い返そうかとも思ったけれど、嬉しそうな顔に何も言えなくなる。
ま、二人とも嬉しそうだし、万事OKか。
そんなやり取りをした後、三人並んで空を見上げながら、無言で歩いた。
時折走る車のライトや、絶え間なく聞こえてくる波の音。そして、優しく吹く涼しい風。
どこかくすぐったい感じで、犬神家の前で別れる。
あとがき
まちす、姉しよ初SS。
帆波ねぇや、結構好きなんですよ。一番は要芽姉様ですけど。
いきなり方向転換か!? と驚かれたGS美神SSファンの方(いらっしゃったら)、今後もGS美神モノも書きますのでご安心ください。