いつもの様に、賑やか過ぎる夕食を終え、ともねえと後片付けをする。
 そして、おいでましたる就寝までの、束の間の安らぎのひと時。
 ……なにせ布団の中に入っても油断できないからね、この家は。


 そんな、そんな貴重なひと時を阻害する、地方妖怪ツインテール。

「あ、イカ、アタシ今からお風呂に入るから、牛乳買ってきといてね」

「……は?」
「もちろん、アタシが出てくるまでに、よ」

 俺が断らないのが当然、と言わんばかりの態度でパシリを命じるツインテール。
 …いや、断れないんだけどね。
 あんなに頭が良いのに、なぜ『胸はもう育たない』という事実を受け入れないのだろうか?
 希望は誰にも等しくあるけれど、『成長具合は不平等』という事実を知りはしないのだろうか?
 ……不憫な……チクショウ、涙が出てきやがるぜ。


「なんか、むかつく事考えてるわね」

 ゲシッという小気味いい、というか軽い音をたてた蹴りがヒットする。

「おら、イカ。とっとと買いに行きなさいよ」

 文字通り、姉貴に家から蹴り出されてしまった。ふっ、クールに夕食後の散歩としゃれ込みますか。
 まぁ、ゆっくりはできないんだけどもね。








「夜空を見上げて」

                                                    written by まちす







 柊家を出て、夜空を眺めながらプラプラと歩き始める。
 夜になり風が出てきたせいか、昼間の暑さが嘘のように涼しい。
 空に向けていた視線を少しだけ下げると、犬神家のベランダが視界に入る。
 と、それを見ていたかのように声をかけられる。

「くー君」

 声の正体は、ベランダで星を眺めていたねーたんだった。

「どこに行くの? もしかして、また?」

 言い終えると、ムッとした表情になるねーたん。俺が嫌がってはいない、と頭では解っていても納得がいかないのだろう。
 ねーたんはやっぱり優しいなぁ。あ、涙が出てきた。

「うん。それもあるけど、散歩も兼ねてるんだ。風が気持ち良いしね」
「……私も行く。ちょっと待ってて」

 言葉を交わしたあと、すぐに姿が見えなくなる。
 ぼーっと夜空を見ながら、犬神家前でしばし待つこと数分。

「お待たせ〜、くーやちゃん。それじゃ行きましょ」
「……………………」

 ……あれ? ねーたんは? つーか何で普通に出てくるのかな、この人は?
 夜空を見上げたまま、しばし脳内会議にふける。

「あれ? くーやちゃん、無視? 無視してるの?」

 どこでねーたんと俺の話を聞いてたんだろう、ねえやは。
 てっきりテレビを見てるもんだとばっかり思ってたのに。

「くーやちゃん、これ以上無視するんだったら、……お仕置きね」

 ひいっ、しまった。別に無視するわけではなかったのに、ねえやの機嫌を損ねてしまった。
 しかし、こんな時のために身についた、もとい、つけた知恵がある。

 退く、媚びる、省みる

 そう、この三つだ。柊、犬神家の弟として生きていくには最優先事項だ。
 この三つさえクールにきめてりゃ大じょ……

「警告はしたわよ、くーやちゃん」

 嬉しそうな声を出してヘッドロックかけないでよう、ねえや。
 後頭部の柔らかいのは嬉しいけどさ。

「……ご、ごめんなさいぃ、ちょっと考え事してただけで、決して無視しようとしたわけでは」
「それを無視するって言うのよ、くーやちゃん」

 俺の言い訳を、ごく簡単に一蹴すると、「ま、わざとじゃないみたいだしね」と言って、ようやく解放してくれる。

「ねーさん、ずるい」
「あら歩笑ちゃん、遅かったわね。待ちくたびれたわよ」

 呆れたような、恨みがましいような視線を向けるねーたんを、台詞の随所にハートマークを飛ばしながらかわすねぇや。
 ねーたんの話によると、「くー君と買い物に行くから留守番よろしく」と伝えるやいなや、ねぇやはパソコンや部屋の電源はそのままに飛び出したらしい。
 ……なんか、あのさ、ねぇや、もうちょっとだけでも落ち着こうよ……。

「それじゃ、皆揃ったところで、ゴーゴーゴー」

 ま、この明るいところがねぇやの魅力で良いところだから、しょうがないか。



 ねーたんに注意されながら、静かに騒ぎつつコンビニへ。
 店内でねぇやとつっこみ漫才をして注目を集め、ねーたんのハリセンと、店員のおねいさんの冷たい視線をもらう。
 柊家を出る前は、ものすごく簡単だったはずのミッションレベルが、いつのまにか跳ね上がっている気がする。

「……! もしや、この難易度はVERY HARDの上、EXTREMEなのか!?」
「くーやちゃん、返事をして、くーやちゃーん!!」
「二人とも、うるさい」




 ぺこぺこと謝りながらコンビニを後にする。
 そうして、ねぇや・おれ・ねーたん、いつもの並びで歩き始める。
 鼻歌を歌いながら、堤防の上を歩くねぇや。
 そのねぇやにお説教をし始めるねーたん。
 よっぽどさっきのコンビニ騒動が恥ずかしかったらしい。例によってねぇやは聞いているやらいないやら。
 二人のやり取りを見つつ、空を見上げる。
 気のせいだろうけれど、さっきよりも星の数が増えているような気がする。本当に、気のせいだろうけれど。

「くーやちゃん、また星見てるわね。そんなに好きだったかしら?」
「そんなに見たいなら、望遠鏡貸す?」

 お説教タイムはいつの間にか終わっていたらしく、二人が話しかけてくる。
 視線は夜空に固定したまま、適当に返事をする。

「ねぇ、ちゃんと聞いてるの? くーやちゃーん」
「…………」

 袖を引っ張りながら話しかけてくるねぇや。愛のオーラが強くなるねーたん。生命の危機を感じ取る俺。

「んー? 聞いてますよ、ちゃんと」

 いつの間にか腕を絡めていた二人に、今度はきちんと返事をする。

「別に星を見てる、って訳じゃないんだけどね。ただ、空を見てるだけ」

 違いが分からなかったのだろう、はてな顔になる二人。

「親父と二人で世界を回ってる時にさ、色んな国で、色んな状況で空を見たんだ。
 そしたらなんか、それが癖になったみたいでさ。
 今みたいな星空もあれば、流星の凄かった空もあったよ。曇ってて星の見えない空もあったし、オーロラを見たこともあったような。
 えーと、何が言いたいのかわかんなくなってきたな」

 姉さん、こんな時、馬鹿な自分がどうしようもなくイヤです。
 それでも、こんな頼りない説明でも言いたい事は伝わったのか、うんうんと頷く二人。

「じゃあ、今日のことも、いつか空を見ながら思い出したりするのかな?」

 珍しくおしとやかな声を出すねぇや。その表情はどこか幸せそうにうっとりしている。
 絡んだ腕にかかる力が、少し強くなった気がする。

「くー君は、意外にロマンチスト」

 こちらも珍しく、からかう様に話しかけてくる。何か言い返そうかとも思ったけれど、嬉しそうな顔に何も言えなくなる。
 ま、二人とも嬉しそうだし、万事OKか。

 そんなやり取りをした後、三人並んで空を見上げながら、無言で歩いた。
 時折走る車のライトや、絶え間なく聞こえてくる波の音。そして、優しく吹く涼しい風。
 どこかくすぐったい感じで、犬神家の前で別れる。



 ―――今日の夜空は、忘れられそうに無い。

 ―――いや、絶対に忘れない。








  <完>



  あとがき
 まちす、姉しよ初SS。
   帆波ねぇや、結構好きなんですよ。一番は要芽姉様ですけど。
 
 いきなり方向転換か!? と驚かれたGS美神SSファンの方(いらっしゃったら)、今後もGS美神モノも書きますのでご安心ください。

   
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