「ここの人に用事なんですか?」
「ええ」コホンと咳払いをすると、ヤスさんは言葉を続ける。「もうお気づきかもしれませんが、借金の取り立てです」
どうやら俺の予想通りらしい。
なんでも『横嶋只生』は、いくつもの闇金にお金を借り、逃げ回っているらしい。
あまりの借り先の多さに、会社間でローテーションを決め、順番に彼が立ち寄りそうな所に足を運び、見つけた人の総取り。
ということになったらしい。
周囲の人たちはこの程度の騒ぎには、取立ての際の怒鳴り声で慣れているようだ。
道理で誰も出てこないわけだ。
「それで、あなた方は知り合いかなにかでしょうか」
先ほどまでと同じ丁寧な言葉遣いだが、雰囲気のまったく違うヤスさんが、正面からじっと俺を見据え、そう問いかけてくる。
「いえ、違います! 人を探しに来たら、全然違う名前でビックリしてたとこっす!」
直立不動で答えた俺に、小さく笑いながら名刺を手渡してくるヤスさん。
なになに、『(有)地獄ローン 代表取締役 兄貴 KEI・TAKASI』
へー、そーなんだー、有限会社なんだー……って、違うわ!
地獄ローンてのも気になるけど、問題は。
「兄貴って、本名ですか?」
「ええ。けい・たかし、通称兄貴です。ちなみに私のことではありませんが」
「地獄ローンてことは、もしかして地獄組の会社でしょうか?」
「ええ」
よくご存知ですね、と感心したような表情のヤスさん。
本当なら、ここで俺も名刺を渡す所なんだろうけれど、あいにくそんな立派なものは持っていない。
せめて美神令子除霊事務所を売り込んでおこうと、そう名乗った途端、ヤスさんの顔色が見る見る変わっていった。
「兄貴! この方達は」
真っ青な顔のヤスさんの動きに倣い、にらみ合っている二人の方を向く、と。
「いい加減にせんかいっ! このエロ親父!」
ちょうど令子さんが、兄貴に平手打ちをお見舞いしている所だった。
「こ、このアマッ! 人が優しくしとったら、なめくさりおって! いてもうたるぞ、ワレッ!」
「なーにが優しくよ! なれなれしく人の身体触りやがって!」
「おんどりゃー、ワシを地獄組幹部とわかって言っとんのやろな!」
「はんっ! 知らないわよそんなこと! あんたこそ、私を美神令子だってわかってるんでしょうね!」
まさに売り言葉に買い言葉といった感じでヒートアップしていく二人。
相手がヤ○ザの偉いさんとわかったら、普通は腰が引けるものだろう。
兄貴もそれを期待して名乗ったんだろうけれど、今回ばかりは相手が悪かった。
天上天下唯我独尊を地で行く美神令子である、そんな脅しは効くはずがない。
むしろ闘争心を燃やしている。ほんと、難儀なことだなあ。
どこまで行ったら止まるやら、等と考えていると、令子さんの名乗りを受けた兄貴の様子がおかしい。
さっき俺が、事務所を売り込んだ時のヤスさんのように、真っ青な顔になっている。
「……ほ、ほー。美神のう、ごっつい苗字やけど、あれか、美智恵さんとなんぞ関係あるんかい?」
腰が引けながら、それでも何とか威勢を保っていた兄貴だったが、令子さんの次の一言で動きが止まった。
「ママの知り合い?」
脂汗を流しながら兄貴は固まっていた。
「あ、兄貴……」
「……はうっ。し、仕方ないのう、ほな、今日はこれくらいで許したるわ!」
ヤスさんに促され、足をもつれさせながら、必死に階段を下りていく兄貴。
下りきったところで、セーラー服姿の女の子とぶつかり、転ばせてしまう。
「嬢ちゃん、すまん。侘びは後でするさかい、堪忍な」
「……は、はい」
唖然とする女の子にそう言い残し、黒塗りの高そうな車に飛び乗ると、そのまま急発進して、あっという間に見えなくなる。
「……なんだったんすかね?」
「……さあ? ママの知り合いみたいだったけど」
二人そろって、なんとはなしに車の去っていった方向を眺めている……あ、パトカーだ。
「あ、あの……」
恐る恐るといった感じで下からかけられた声に、視線を向ける。
声の主を見た瞬間、驚いた。
驚きのあまり、叫ぶことすらできなかった。
セーラー服に三つ編みお下げ、そして困ったような微笑。
話の流れから言って、彼女がここにいてもおかしくない。
間違いない、彼女は――
コメント
次もオリキャラだったら、怒るよね?
美智恵さんと地獄組の間に何があったのか!?
詳しくは外伝を待てっ!(嘘ですからね