俺の目に飛び込んできたもの、それは。
「……だっ、誰やねん! こいつっ!」
「前回の終わりと違うでしょうが…」
ちょっとしたお茶目じゃないっすか…そないに怒らんでも。
で、なんで絶叫したのかというと、その答えは表札。
『横嶋只生』
このおんぼろアパートには恐ろしいくらい似合わない、木製の豪華な表札には、そう記されていた。
……誰やねん、これ。
……もしかして俺か? これは俺なのか!? 字は違うけど俺なのか?
認めん、認めんぞ。
確かに俺は貧しい生活はしていたが、ドアに『金返せ』とか『人間の屑』とか張り紙されるようなことはしてなかったぞ。
あまりの状況に、令子さんと二人、ただ見つめあう。
少しの後、とりあえず住人を確認しようとチャイムを押してみることにした。
一度、二度とピンポーンという音が聞こえるが、返事はない。
そして、部屋の中からは物音一つ聞こえてこない。
……やはり俺、なのか。
「良かったわね、住む所が存在してて」
慈愛に満ちた笑顔で、安心したような令子さん。
「それじゃ、私帰るから」
そのまま後ずさりし始めた令子さんの手を、がっちりと掴む。
「ちょっと待ってくださいよ! まだ俺かどうかわからんじゃないですか!」
「名前が一致してるし、部屋には誰も居ないし! あんたでしょ、これ!」
面倒ごとはごめんとばかりに逃げようとする令子さん。
そうはさせじと踏ん張る俺。
人目も気にせず、『横嶋只生』の部屋の前でぎゃーすか騒ぐ。
本気を出し始めた令子さんの腰にすがりつきながら、俺はおかしなことに気が付いた。
「令子さんストップ! しばくのストーップッ!」
「う、うるさい! さっさと離れなさい! つーか、すりすりするな! うわ! 破ける! 破けるってば!」
すがりつく力を緩め、令子さんを見上げる。
むう……乳が邪魔で、顔がよく見えん。絶景には違いないが。
「……で、なによ?」
恐らく不機嫌そうな顔をしているであろう令子さんに、気付いたことを話す。
「おかしくないっすか? こんだけ騒いでんのに、誰も出てこないっすよ」
きょろきょろと辺りをうかがいだした令子さんに倣い、俺も周囲の様子を窺う。
隣の部屋は電気もついていないし、誰も居ないようだ。
その隣は明かりもついてるし、人影も見える。居ることは間違いないのだが……。
「あんたは動くな! それより、いい加減、離れなさいっ!」
「もう少し、もう少しだけやから! なっ、なっ、ええやろ!? ええやんけー?」
――数分後。
「ほんっとに、すんませんっしたあっ!」
「……今度やったら、埋めるからね……」
流石に裾に頭突っ込むのは駄目でした。本気の一撃を喰らい、あえなくK.O。
只今土下座の真っ最中です。
顔を上げることを許されず、ひたすらに額を通路に擦り付けていると、階段を上がる音が聞こえてきた。
「――お、なんや。先客がおるやないけ。しかし困るで、順番は守ってもらわんとなー。なあ、ヤス」
「はい、兄貴の言うとおりです」
もしや家主の帰宅か、と思い顔を上げると、令子さんの後ろに、二人の男が立っていた。
白いスーツ姿の小柄で小太りのおっさんが兄貴。
ヤスと呼ばれた男は、それとは逆に、長身の細身を真っ黒なスーツに包んでいる。
共通しているアクセサリーは、夜なのにサングラス。
あー、こりゃあ、百%「ヤ」のつく職業だね。
俺に観察されていいる二人は、令子さんをじろじろと眺めている。
と、兄貴の方が、片手であごをさすりながら口を開いた。
「で、べっぴんさんはどこのもんや? 今日はウチの番。つー決まりやったはずなんやけどなあ?」
あぁん? と令子さんに凄んでみせる兄貴。
でもな、おっさん。
視線が谷間に釘付けで、なおかつにやけ顔ではあんまり怖くないぞ。
……別の意味では怖いけどな。
にやにや笑いの兄貴を、一歩も引かずに睨みつける令子さん。
二人をそのままにしておき、ヤスさんに話しかけることにする。
「あの……」
「なんでしょうか」
恐る恐る話し掛けた俺に、妙に丁寧な答えが返ってきた。
その言葉遣いが余計に怖く感じてしまう。
負けるな俺、『横嶋只生』について、何か聞き出さなければ。
俺じゃないという確信を得なければ。
……意気込みすぎ?
コメント
オリキャラ登場(笑)
怒ったら、メーなの。
期待するなっていったじゃん!
自分でも、これはオリキャラとは違うよなあ、とは思ってたのは、内緒だぞ!