ある日の放課後、横島の通う高校の屋上に、横島・ピート・タイガー三人の姿があった。

「どうしたんです? 横島さん。こんな所に呼び出して? また美神さんに殺されそうなんですか?」
「違う。美神さんは関係ない」
「今回はわっしも呼び出した側ですケエ」

 二人は両手をズボンのポケットに突っ込み、ピートに対しメンチを切る。

「な、何ですか!? 二人とも怖い顔して」
「わかんないっていうのか? これだから美形は!!」
「今日は、今日こそはピートさんに思い知ってもらいますケンノ〜」

 驚いた顔のピート。何か言葉を発しようとするが、引きつった顔のまま何も言えない。

「我々は、ピエトロ=ド=ブラドー、通称ピート氏を告発する!!」
「全てのもてない男達の連名状ですジャ〜」








「逆転裁判(前編)」

                                                    written by まちす







 二人の叫びの後に、わらわらと現れる男子生徒たち。彼らはそのまま、ピートたち三人を囲むように立つ。
 もはやピートに逃げ道は無い。

「これより開廷! 裁判長、俺!」
「検察はわっしですジャ〜」
「傍聴人は俺達だ〜」

 二人の後に続き、男子生徒もそれぞれに叫び始める。

「弁護士を、せめて弁護士を!! ってゆーかどうしたんですか皆。そしてなんなんですか、このノリは!!」
「却下(一秒)。なお本裁判は、一切記録に残らないものとする、以上」
「あぁ、もう何がなにやら……」

 ピートの叫びは無視され、横島・タイガー両名により、ピートの罪が挙げられていく。

「被告人ピート、君は毎朝毎朝毎朝、下駄箱の中に大量の郵便物が押し込められている。間違いないな?」
「ピートさん、あなたは休み時間ごとに、お、お、おなごに囲まれている。間違いないですのぅ?」
「さらに昼休みには、食べなくても体は大丈夫なのに、女子生徒からお弁当を受け取っている。それも複数だ。……唐巣神父が泣いてるぞ」
「放課後には、ほぼ毎日おなごを泣かしとりますのう。これも複数ですジャ〜」

 次々と罪状が述べられていく。ピートは俯いたままなにも喋らない。

「「被告人、何か言うことはあるかな?(ありますかいノー?)」」
「とりあえず、裁判長は罪状読み上げしないんじゃ……」
「自分の口で言わずにおれるか〜〜!!」

「判決!! 死刑……は無理だから、社会的抹殺」
「とりあえず、あ〜んな写真や、こ〜んな写真撮影ですケエ」

 徐々に狭まる包囲網に怯えながら、ピートが叫ぶ。

「そ、それは。名前も知らない子達からもらったものですし。だいたい、食べてるのは二人じゃないですか!!」
「ピート、お前は今、女の子達の心を、乙女心をも冒涜した……罪状追加、刑罰レベルアップ」

 淡々と喋る横島。

「ピートさん、わっしは知ってるんですケン。貴方がエミさんの手作り弁当をもらっていることを。わっしでさえ作ってもらったことがないのに!! エミさんもノリノリで、恋のおまじないまでかけとった弁当を!」
「ふむ、罪状プラスいち、っと」
「待ってください!! 確かにエミさんからそれらしきものを受け取りました! だけど、だけど!! ……みなさん知っていますか? ……おまじないって……呪<のろい>って書くんですよ……」

 なにやら絶望的な表情で語るピート。彼の表情と言葉から何かを察したのか、横島は罪状を、いち引いた。

「しかし、名前を知ってるおなごからもらったのは確かなんジャ〜」
「そ、それなら! 異議あり! 異議あり!!」

 先ほどまでの追い詰められていた時とは違い、毅然とした態度をとるピート。
 なにやら、誰かを指差しているポーズだが……その先には……。
 ――― タイガー。

「わっ、わっしですかいノー」
「そうタイガー、貴方です。貴方は今日、僕からお弁当のお裾分けをもらっていない」

 にやりと笑い、タイガーに話しかけるピート。
 突然話を振られたタイガーの顔は真っ青だ。

「きょ、今日は自分で作ってきたんですジャー」
「へぇ、そうですか。にしては、いつものお弁当箱と違いますね。随分と可愛いらしいお弁当箱でしたね」
「あ、あれは……。そ、そう、エミさんからもらったやつですケン」
「僕が受け取らされたものとは、ずいぶん趣味が違うようですが?」

 タイガーを追い詰めながら、さりげなく自己弁護まで始めるピート。

「しかも中身は……ピンクのハートマーク、ですか。どういったことでしょうね? タイガー君」
「あれは、あれは……」
「あぁ、お弁当箱返すのであれば、僕がお返ししましょうか?」

 ピートの容赦のない追求に、さらに青い顔になり震えだすタイガー。
 そんな彼を、余裕の顔つきで見るピート。
 勝敗は決した……。

「あれは、あれは……マリさんから貰ったんジャ〜」

 タイガーついに、というか割とあっさりと自白。

「裁判長! 判決を!!」

 勝ち誇り、さわやかな笑顔で判決を促すピート。

「そういやお前、彼女いたんだったな……。タイガー、お前は色々と、そして多くの同志を裏切りすぎた……。もう俺の力では傍聴人を止められない。そう、走り出したら止められないんだよ。すまん」

 涙を拭い(出てない)、辛そうに告げる横島。

「取り合えず、判決! 被告人、ピエトロ=ド=ブラドー。女泣かせ及びモテモテ(死語)。そしてちょっといい気になってます、その他諸々の罪、筆舌に尽くしがたい。よって、写真撮影および男子柔道部・相撲部への入部を言い渡す」
「な、なんですかー! それは!」
「発言を許可した覚えはない」

 涙しながらも、毅然とした態度で告げる横島。この際、彼の涙の種類は問わないでおこう。それが優しさだ。

「次! 被告人、タイガー寅吉。彼女隠匿及びその事実を隠しての本裁判参加! まことに許し難い。よって、…ってタイガーどこ行った〜」

 ピートに続けて、判決を言い渡そうとした横島だったが、被告人であるところのタイガーがいない。
 辺りを見渡すと、傍聴人のうちの数名が見当たらない。

「あれ、もしかしてもう、刑って執行されてる?」

 いやな汗を流し呟く横島に、何人かの傍聴人がサムズアップを返す。
 どうやらタイガーへの刑は、すでに執行中らしい。
 不自然な咳払いをして、横島は木槌を鳴らし、閉廷を宣言しようとする。

 とそこに、ピートの声が割り込む。

「待ってください! 裁かれるべき人はまだいます!!」
「ふっ。何を言い出すかと思えばピート君、往生際が悪い。今更罪を否定する気かい? 無駄だよ」

 ちょっとキャラの変わった(西条がかったともいう)横島が答える。

「いえ、その罪は認めましょう。しかしその人物に比べれば、私の罪なんて小さなものです」
「裁判長、聞くだけ聞きましょう。彼がアレだけ言うのであれば、よほどの人物です」「そうです」「聞くだけでも」
「いや、だけどなぁ」

 ピートの言葉に、傍聴人の何人かが応える。
 言葉少なに、そして歯切れ悪く彼らに対応する横島。
 そんな彼の言葉を待たずして、ピートが喋りだす。

「その人は、タイガー寅吉氏と同様、私からお弁当のお裾分けを貰っていました。そう、『貰っていた』です。その人物は、近年稀に見る極貧です。私の先生と互角です。なかなかなれませんよ、それは。そんな彼がお裾分けに頼らず、どうやって昼食を摂っているのでしょう?」

 ピートの言葉を遮る者は無く、皆真剣に聞き入っている。

「皆さんも分かっているはずです! 本当に裁かれるべき人物を!! その人の名を!!!」

 そこまで一息に語りかけると、ピートはその人物へ向き直り、厳かに告げる。

「横島さん。いえ、横島忠夫。私、ピエトロ=ド=ブラドーは、貴方を告発します!!」







  <続く>



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