誰の姿も見られない、放課後の生徒会室、通称竜宮。
海を一望できる、大きな窓から差し込む夕陽に目を細めながら、ドアを開けて一人の女性が入ってきた。
凛とした雰囲気を漂わせたその女性は、手に持った日本刀のせいもあり、“武士”という言葉を連想させる。
「なんだ、誰もいないのか」
そう呟くと、彼女――鉄乙女――はぐるりと竜宮内を見回し、不審なところがないかチェックし始めた。
「……む? なんだ、このファイルは」
テーブルの上で視線を止め、乙女はそこに置かれていた一冊のファイルを手に取る。
それには、表紙にも裏表紙にも何も書かれてはいなかった。
とりあえず、このファイルがなんなのか確認するために、それを開いた。開いてしまった。
その行為が、自分にどのような運命をもたらすかも知らずに……。
1.
「ただいまー」
竜宮でざっとファイルに目を通すと、乙女は居候先の対馬家へ直帰し、何時もそうしているように、玄関から家の中へと声をかけた。
いつもと違い帰宅の挨拶に力が無いのは、ファイルを見たせいだった。
誰のものかおおよその見当がついてしまう、いやらしい内容のあれ。
明日にでも早速、持ち主に説教をしなければならない、今回だけは許さず騙されず容赦なく叱る。そう心に決めた。
そこまで考えた時、ふと異変に気が付いた。「お帰りなさい」という返事が無いのだ。
大抵はこの家の住人、対馬レオの返事があるのだが、更にしばらく待ってみても返事はなかった。
もしかすると、レオは幼馴染達と自室で遊んでいるのかもしれなかったが、その騒がしさも聞こえてこない。
耳を澄ませ、家の中の気配を探る。と、リビングキッチンから何者かの小さな声が聞こえた。
気配を殺し、リビングキッチンへと近づく。怒ったような女の声と、哀願している男の声。
乙女はホッと胸を撫で下ろし、小さく安堵の溜息を漏らした。どうやら物盗り等ではないらしい。
恐らく、レオが彼女の霧夜エリカに叱られ、必死に言い訳をしている。といったところだろう。
情けないことだが、あの二人らしい光景だ。
しかしそれにしては、二人の声が小さい。どうせやるのなら、いつものように大きな声でやればいいものを。
苦笑しながら、リビングキッチンへと続く扉を開けようとしていた乙女の動きが止まる。
「……対馬レオは、霧夜エリカの……ど、奴隷です」
「ふふ、ちゃんと言えるじゃない」
「姫ぇ、いくらなんでも、これは」
「うるさいわよっ、奴隷の対馬クン! それに“姫”じゃないでしょう」
「も、申し訳ありません、御主人様」
「そうよ。そうやって私の言うことを聞いていれば、ちゃあんと御褒美をあげるんだから」
中の会話が聞こえた。聞いてしまった。その瞬間、乙女の時間は止まった。
二人のやり取りは、およそ恋人同士の会話とは程遠いものだった。
少なくとも、乙女の常識では恋人が交わすものではない。
「ああっ、御主人様、それは、それだけはやめてください」
「何言ってんの、本当は好きなくせに。この、変態」
我に返った乙女の耳に、必死で訴えるレオの声と、やけに楽しそうな姫の声が入ってくる。
その様子に、たまらず乙女はキッチンへと足を踏み入れ、姫に向かい怒鳴りつける。
「姫っ! レオと恋人同士といえ、嫌がることを無理にさせええええ!!??」
彼女の怒鳴り声は、叫びに代わった。無理も無い、彼女の目の前には、変わり果てた従兄弟の姿があった。
目隠しをされ、後ろ手に拘束されたまま、床に転がっているレオ。
そして、なぜか全裸。一糸纏わぬ全裸。
そんな彼を見下ろすように、服を着たままの姫がすぐ横に立っている。
彼女の右足は、レオのJr.――なぜか元気一杯だ――を踏んでいた。
「ひ、ひ、姫、い、いったい何をしているんだ」
「あら、乙女先輩。何って、ナニに決まってるじゃないですか」
「ナニって、え、何?」
混乱している乙女に、さも当然といったように親父ギャグをかますと、姫は再びレオJr.を刺激し始める。
レオは歯を食いしばり、必死に耐えているように見えた。
「姫! レオが苦しんでるじゃないか!」
「そう見えます? ねーえ、対馬クン。対馬クンは楽しんでるわよねー」
「はい、御主人様。御主人様にお情けをいただけて、嬉しいです」
レオの返答に満足そうに頷くと、姫は勝ち誇った表情を浮かべ乙女を見やった。
信じられない、信じたくない。まさか、まさか…レオが踏まれて喜ぶ変態などと、信じてはいけない。
目の前の二人を否定するように、乙女はギュッと目を固く閉じた。
「乙女先輩、目なんか閉じてどうしたんですか。こんなに可愛いレオの姿、見なくて良いんですかー?」
からかうような姫の言葉に、乙女はイヤイヤをするように、頭を横に振る。
「ああ、御主人様。これ以上されるとっ……ううっ」
耳に手を当てても入ってくるレオの声は、一緒に暮らしている中で、聞いた事のない種類のものだった。
そして、これ以上されるとどうなるのか、興味が沸いてしまった。
乙女とて年頃の女の子だ。そういったことに興味がないわけではない。いやだがしかし。
「鉄乙女・第三十二回心の御前会議」を開いていると、先程までとは違う、ピチャピチャという水音と、レオの艶かしい声が聞こえてきた。
好奇心に抗えず御前会議を放り出すと、乙女は薄く目を開けた。
「――なっ」
椅子に座らせられたレオの顔を上に向け、彼に寄り添うように立った姫は、こちらに見せ付けるようにキスをしている。それも唇同士を重ね合わせるような可愛いキスではなく、舌を絡ませあう濃厚なキス。
そして右手は、レオのJr.を握り、絶えず動いている。
「……はあっ」
意図せずして漏れた、乙女の熱っぽい溜息。それを聞いた姫は、ニヤリと笑うとレオから離れ、乙女に近づいてきた。
「乙女せんぱーい、どうしたんですかあ? 色っぽい溜息なんてついちゃってえ」
そう言うと、乙女の後ろへ回り込み、抱きついてしまう。
逃げなければ、と思うものの、下半身に力が入らず、姫を振り払うことができない。
「すごいでしょ、レオったら。あんなにかわいいんですよ」
「やめろ、やめてくれ」
「えー、そんなこと言うくせに、しっかりとレオのこと見てるじゃないですか。ごく一部を」
姫の言うとおりだった。
姫の息が耳にかけられ、舌でペロリと舐められても、逃げようとは思わなかった。
そして今日これまで、ずっと防いできた姫の両手に自分の胸を揉みしだかれても、抵抗しようともしなかった。
「乙女先輩のおっぱいゲットー!」そうはしゃぐ姫の声をどこか遠くに聞きながら、ただレオを、Jr.だけを凝視していた。
「乙女先輩、レオが気になるのはわかりますけど、私のことも相手してくださいよお」
「姫、い、いつの間に!?」
気づけば制服はすっかりたくし上げられ、さらしの巻かれた胸が露わになっていた。
「乙女先輩も、レオとしたくありません?」
「ばっ、馬鹿を言うなっ! そんなことできるか……」
「レオのこと、嫌いなんですか?」
「そんなことはない!」
覗きこむようにこちらを見てくる姫をキッと睨み、乙女はそう言い切った。
「じゃあ、好きなんですか?」
「それは、その、だな……」
だがそう聞き直されると、乙女は視線をそらし、もじもじしてしまう。
その煮え切らない態度に、姫はそれまで優しくおっぱいを揉んでいた手に力を入れ、再度問いかけてきた。
「私が優しいうちに答えた方が良いですよ」
「ああっ、言う。言うから、力を抜いてくれ」
「先に言ってからです。レオのこと、好きなんですよね」
「……好きだ。好きなんだ、レオのことが」
言うつもりのなかった思いを言葉にさせられ、乙女はがくりとうな垂れた。
姫と付き合うようになってから、レオは変わった。勉強に運動に、そして料理にと様々ことを頑張り始め、とても格好良くなった。
どこに出しても恥ずかしくない良い男になった。
だがレオのその努力が、自分のためではなく姫のためだと思うと、ちくりと胸が痛んだ。
姫と楽しそうにしているレオを見ると、胸が苦しくなった。
――私は、レオのことが好きなんだ。
そう気付いたが、後の祭り。レオは姫と交際しているのだ。
諦めよう。姫が相手なら諦められる。
そう決意をし、何とか過ごしてきたのに、よりにもよって、本人達の前で口にしてしまった。
目からこぼれる涙を拭おうともせず、乙女は自分の弱さを責めていた。
「乙女先輩、泣かないでください」
先程までとは違う優しい笑みを浮かべた姫が、涙を舌で拭う。
「別に責めるつもりで聞いたわけじゃないんですよ」
「じゃあ、どうしてこんな」
「レオを、乙女先輩にも分けてあげようと思って。一緒にしません?」
姫の申し出に、乙女は絶句した。分ける? 一緒に?
涙を止め、姫のニコニコ顔をまじまじと見つめ、やっとの思いで口を開く。
「……お前は何を言っているんだ」
自分の彼氏に他の女をあてがうなど、乙女にはまったく理解できない。二人に何か問題があるのならばわかるが、そういったわけでもない。
「もちろん条件があります」
相変わらず抱きついたままの姫が、更に体を密着させ、耳元で囁く。
「レオとしてもいいですけど、私ともしてくださいね」
もう何度目かもわからない絶句。それを綺麗にスルーすると、姫は続ける。
「レオはもちろん好きですけど、乙女先輩のことも好きなんですよ、私。そ・れ・に、女同士っていうのも、いいものですよ」
そう言うと、証明してみせるかのように、胸を揉みながら耳朶を舐めてみせる。
確かに気持ち良い。それは否定できない。
このまま姫の愛撫に身を任せ、レオと結ばれるのも悪くはない、そう思った。
だが、肝心なことを確認しなくてはいけない。
「レオは、レオはどうなんだ。その、私のことを」
「もちろん好きに決まってるじゃないですか。私の次くらいに、ですけど」
乙女の問い掛けに答えたのは、なぜか姫だった。自信満々に言い切ると、乙女先輩は綺麗だしースタイルいいしー性格も凛々しくていいしー、等と列挙してみせる。
「とゆーわけで、乙女先輩どうします? する? やっちゃう? つーか、犯れ」
最後の一歩を踏み出せない乙女の背中を突き飛ばすように、命令口調で言うと、姫は乙女の唇に自分のそれを重ねようとする。
顔をそらすことで姫の責めをかわしながら、乙女はかすれた声を出した。
「は、初めては、レオがいいんだ……」
鉄乙女・陥落!
えー、続いちゃいます。
続編はこんなにエチくならないように頑張ります。
つーか大丈夫か? こんなん掲載して。
このサイトはとても健全なサイトだというのに。