2.
「てゆーのはどーよ?」
ファイルを読み終えたレオは、こぼれそうな涙をこらえながら、対面に座っている姫へと視線を向けた。
視界一杯に広がる、賞賛の言葉を待っているであろう、彼女の満面の笑顔。
できることなら、その笑顔を曇らせたくは無い……怖いし。
「……はぁ」
どう言ったものかと迷っているうちに、溜め息がこぼれ出てしまう。
慌てて口を閉じるも、時既に遅し。
姫はムッとした表情で、レオを見ながら口を開く。
「なに? どうして溜め息なの?」
その台詞に、再び溜め息をつきそうになるのを必死にこらえる。
正直、溜め息はマシな方だとレオは思っていた。
乙女さんが外泊すると言う今日、自宅に姫を招き、手料理を振る舞い、さあ二階へ! と血気に逸っていたのを妨害されたのだ。
「パソコンに向かって、一生懸命何やってたかと思えば、エロ小説書きとは……」
それも、レオの言葉どおり、恋人自作のポルノ小説に。
しかもその中で、自分はJr.を踏まれて悦ぶMとして描かれていた。
きっぱり否定できないのが悔しい所ではある。
現に今、ちょっと元気だし。
それはさておき、最終的には、レオの同居人かつ従姉妹の鉄乙女とまでイタしていた。
溜め息以外には、罵詈雑言しか出てきそうにない。
「ちっがーうっ! 策よ! 策略!」
「……なんの?」
この話題からは、一刻も早く離れたいレオだったが、しぶしぶ先を促す。
そうしないと、バシバシと力強くテーブルを叩いている姫の両手の矛先が、自分に向かってくるのは間違いないからだ。
素直が一番よ、と言いながら、姫は勢いよく立ち上がると、嬉々として策について語りだした。
「このファイルを読んだならわかるでしょ。乙女先輩を私たちの仲間に入れるための、策略よ」
「仲間って、対馬レオから搾り取る会?」
「……バカ、違うわよ」
何を思い出したのか、顔を赤くする姫。それでも話は続ける。
「将来、私の護衛をしてもらいたいって言ってたでしょ」
「ああ、そっちの仲間ね」
姫は将来、実家の霧夜グループを継ぐつもりでいる。
ただし本人が言うには、本家の長女だからといって、そう簡単にはいかないらしい。
まずは、同じように跡取りの座を狙っている身内との、骨肉の争いに勝たねばならない。
すでに戦いは始まっており、今も姫の自宅には、叔父夫婦の息のかかった使用人が入り込んでいるらしい。
行動の監視をされるだけならともかく、姫に直接危害を加えないとも限らない。
そんな時のため、信頼できる護衛を必要としている。
その護衛役に乙女さんがうってつけなのは、よくわかる。
乙女さんの実家の、鉄家の護衛力は、政財界では有名なのだそうだ。
そして乙女さんは女とはいえ、鉄一族の人間。その実力を、レオは身をもって知っている。
何より一番大きいのは、気心の知れた相手であり、心を許せる存在であるということ。
こういった理由で、姫が乙女さんを是が非でも仲間に入れたいのはわかる。
わかるが、しかし。
「でもこの計画、成功しないと思うよ」
「え、なんでよ?」
「乙女さんが頷くとは思えないよ。俺のことを好きだなんて、ありえないって」
自分でも情けないとは思うけれど、そう思って間違いないだろう。
だが姫は、よく観察していれば、乙女さんの気持ちはわかると言う。
「元々レオには甘かったでしょ」
「……弟だからね。男としては見てないって言われたし」
「それは、レオがエセニヒル気取ってた頃の話でしょ。最近のレオってば、割と普通にかっこいいし」
褒められてるんだか遠回しに皮肉られてるのか、よくわからんですよ、姫。
でも仮に、乙女さんが俺のことを好きだったとしても、俺にその気がないので、成功するはずがない。
「レオはどうなの? 乙女先輩のこと、好き?」
「まあ、嫌いではないけどさ」
「ん。はっきりしないわね」
「だって俺にはエリカがいるし。エリカさえいればいいよ」
俺の気持ちを言い切った。
確かに姫を愛しているけれど、この対馬レオ、魂まで売りはしないぜ。
……今は身体もね。
「よっぴー」
そう覚悟を決めた俺を、ジト目で見ながら、姫はそう一言。
よ、良美の事を言われると、辛い。反論できん。
「ねえ、よっぴーのことは、どうするのぉ? レ・オ・くーん」
わざわざ良美のマネをしながら、姫は「ねーねー、レオくーん」と絡んでくる。
「よ、良美は俺のこと好きだって言ってくれたし、姫もいいって言ったし、俺も良美のことは、その、結構好きだったし」
「言い訳はいいの!」
確かに過程がどうあれ、良美ともそういう関係になってしまっている現状では、何を言っても無駄だ。
でも、譲れないことだってある。
「でも俺が一番愛してるのは、姫だけだから」
「当たり前のこと、いちいち言わない」
そう突き放しながらも、前髪を弄りながら、少し赤くなる姫。
ここで追い討ちをかけねば。
「だから、乙女さんはそんな手段を使わなくっても」
「それは対馬クンが決めることじゃないの。誰をどうするかは、私が決めるの」
…あれ? もしかして俺って、良美と同レベルの扱い?
「で、乙女先輩とレオの気持ちは、ひとまず置いておくとして」
そこが一番大事だと思うんだけど。目だけでそう突っ込む。
「おくとして! 乙女先輩を仲間に入れるのは、私はもちろんO.K。よっぴーもO.Kなの」
「良美もっ!?」
正直びっくり。
付き合ってみてわかったけれど、良美はかなり難しい性格だった。計算高く嫉妬深い、本人はそう言っていた。
……あ、あと、すんごくエロい。だがそこがいい。
俺とエリーのおかげで、ある程度マシにはなったが、今でも俺が、姫以外の女の子と話し込んでいると、不安なようだ。
そんな良美がO.Kを出すとは思えない。
「意外みたいね。でも対馬クンのためだって言ったら、了承してくれたわ」
「俺?」
「今ってさ、その、三人でエッチしてるじゃない。それで、レオ一人だけ大変でしょう?」
ええ、最中はともかく、翌日がね。
肌はカサカサ腰はガクガク言葉はカタカナ。おまけに太陽は黄色、と。
「で、一人増やせば、レオとしてない人同士でできて、レオの負担も減る、と。うん、完璧」
……そうか? 本当にそうなるのか?
「私も乙女先輩と…ふふふ……ようやく……」
本音はそれかよ……。
ガックリと肩を落とし、たそがれる。
「なにがっくりしてんのよ!」
そう言いながら、姫は俺に近づき、耳元でそっと囁く。
「レオだって、乙女先輩としてみたいでしょ、エッチなこと」
「そ、そりゃあ、まあ」
「彼女の私がいいって言ってるんだから、いいじゃない」
「いや、でもさあ」
「あー、もうっ! 良い女三人相手にできるんだから、熱くなりなさいよ」
「どこに話しかけてんのさっ!」
「あら、Jr.はヤル気じゃない。ほんと、身体は正直よねえ」
ええ、返す言葉もございません。ございませんともさ。
本音を言えば、乙女さんとやりたいさ。
俺だって男だし、ハーレムは漢の夢だし。
「……姫、乙女さんとエッチがしたいです」
グッバイ、俺の中の紳士。
「そうよ。そうやって私の言うことを聞いていれば、ちゃあんと御褒美をあげるんだから」
「あ、なんかそれ、どっかで聞いた気が…って、なんで服脱がすの手錠かけるの!?」
やけに手早く服を脱がされ、後ろ手に手錠をかけられて床に転がされる。
「やー、レオがあんまり強情だから、時間押してきてんのよ」
エロスマンのくせに、変なところで紳士なんだから。と言いながら、嬉しそうにレオのズボンを脱がす姫。
ついに目隠しまでされてしまった。
あっという間に、先ほどのエロ小説のようなシチュエーションが再現された、対馬家のキッチン。
「あ、あのさ。なんでこんな格好させられてるわけ? 別にこんなことしなくても、俺もO.Kしたんだし」
「せっかく計画立てたんだから、その通りにしないと面白くないじゃない。ほらほら」
変な所にこだわりを持ちながら、俺の変な所をまさぐる。
絶妙の力加減で握り、そして、踏む。
……ヤンチャとか言うな。
「ま、それは冗談として。こうやってマニアックなことでもしてないと、乙女先輩の隙を作れないでしょ」
「……別に練習する必要は無いんじゃない?」
「練習じゃないわよ、本番なんだから。ちゃんと合わせてね、ってコラ! まだ出したら駄目よ」
良い笑顔の姫を見上げながら、台詞を頭の中で復唱。
黒のガーター? いや違う違う、そこじゃない。
……本番? ……本番って言ったよね、今。
「姫、本番てどういうことさ」
「いやー、さっき確認したら、あのファイル一部見当たらなくってさ」
「どこにあるのでしょうか?」
「……竜宮?」
疑問文に疑問文で返すなよ、とか言う突っ込みは置いておく。
それよりも今は、誰もそれを見ていないかということ。
大体の場合は、「姫は相変わらずだな」で済むかもしれないけれど、乙女さんが見た場合。
「姫っ! 居るんだろうっ! これは一体なんなんだ!」
こうやって怒鳴るだろうなあ……。
つーか、見ちゃったんだなあ……。
「それじゃ、レオ。ちゃんと台本どおりにするのよ」
相変わらず絶妙の力加減でフミフミしながら、姫は玄関への扉を向き、乙女さんを待ち受ける。
バターンと音をたててドアが開き、乙女さんの姿がリビングキッチンに現れる。
そして。
「姫っ! レオと恋人同士といえ、あんなことを無理にさせええええ!!??」
はい、期待通りのリアクション、ありがとうございます。
もうこうなったら、俺も覚悟を決めるか……。
「……対馬レオは、霧夜エリカの……ど、奴隷です」
「ふふ、ちゃんと言えるじゃない」
悦んでない、悦んでないよ。ほんとだよ?
――で、結果発表。
「乙女先輩のおっぱい、ゲーットォッ!」
「レオ、レオ……欲しくて…たまらないんだ」
鉄乙女・陥落!
なかがき?
実はその1は、台本でした。
この2で実践だったのです(ドーン!)。
あ、あと今回、「なんか文章、推敲足りなくねー」とか思った人、仕様です。
次回を待たれい!
次が最終回。そのあと、エピローグめいたものを付けて、オーラスです。