逆行者 第八話

written by まちす




 全体重をかけていた扉が開き、支えを失った俺と美神さんは折り重なるようにして倒れこむ。
 正直、ものすごく痛い。密着している美神さんの感触を忘れるくらいに痛い。
 だがその痛み以上に俺の意識は、突然の乱入者に向けられていた。

 「マ、ママッ!?」

 美神さんが、俺の上で大きな声を上げる。
 そう、俺を極貧生活から救い出した神――この場合は女神か――は、美神玲子の母親にして、オカルトGメンの隊長、美神美智恵さんだった。

「ふーん、あなたってば、こんなにいい所を事務所にするのねー。こことは別にマンションも借りたっていうじゃない。
 あんまり無駄遣いしちゃだめよ」

 部屋の中をぐるりと見回しながら、のんびりと話す美智恵さん。
 そのままゆっくりと部屋の中を歩きながら、美神さんに話しかけている。
 一方、話しかけられている美神さんは、曖昧に頷いたり返事をしたりしている。
 返答できるだけでもすごいと、素直にそう思う。
 だって俺ってば、今現在も目の前の状況が把握できないでいる。
 混乱しすぎて、何をしたらいいのかさっぱりわからない。
 とりあえず落ち着こう。美智恵さんが俺に興味を持つ前に落ち着かなければ、なんだかまずい気がする。
 まずは目の前の状況を整理。そんで次に疑問な点を心の中で列挙。
 よし、この手順で行こう。

 ――俺を追いかけて時を越えたのは、美神さんだけなんじゃなかったのか?
 ――なら、目の前にいるこの隊長はいったいなんなんだ?
 ――監視の目をかいくぐって、時間を飛んだのか?
 ――でも、美智恵さんて、こんなに穏やかな表情だったっけ?
 ――てか、美智恵さんって、結構美人だよな?
 ――ん? 人妻って胸キュン?
 ――不倫も純愛って言えば許されるような気がしません?

 いやいや、待てよ俺。落ち着けよ、俺。
 深呼吸、深呼吸……って、美神さんが乗っかったままだから、呼吸もままならねえじゃん!
 なんだか疑問が深まっただけのような気もするが、あほな思考をしたせいか、いつものペースを取り戻して落ち着いた気がする。
 その幾分落ち着いた頭で、今何をしなければいけないのかを考える。

 今一番の疑問なのは、目の前を歩いている美智恵さんが、いつの美智恵さんなのかということ。
 俺たちと同じ時間軸の美智恵さんなら、全然問題は無いんだけど。
 ……ん? 違った時間軸の美智恵さんだと、なんかまずいのか?
 まあ、その辺の判断は美神さんに任せよう。独断専行できるほどの度胸もないし。
 そんな事を、タイトスカートに包まれた美智恵さんのお尻を見ながら考える。

 美知恵さんに関することは、これで解決したことにする。
 そうなったら、やらなければならないことは…これだっ!!

「契約書、ゲーーットオッ、アーーンド、ブレーークッ!!」

 俺の存在を忘れていそうな美神さんの手から、極貧生活確定書――別名を雇用契約書と言う――を奪い、びりびりに破く。

「あーーッ!! あんた、なんてことしてんのよ!!」

 びりびりになった極貧生活確定書を見ながら、美神さんが叫ぶ。
 勝った。今度こそ俺は勝った。

「もうっ! 横島のくせに! むかつくわねぇー!!」
「いた、痛いですっ、てか、すげー、ぐ、苦じいっず」

 まあ、すかさず体勢を立て直した美神さんに殺されそうだけどな。

「ギブ、ギブ! キャ○ルク○ッチは本当に死ぬって!!」


  コメント
 キャメルクラッチを漢字で書きたかった。
 資料探すのもめんどかったので、カタカナで。
 キャラメルクラッチじゃなかったですよね?


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