「なーに、二人とも。見詰め合っただけで顔赤くしたりして。若いっていいわね〜」
あと少しでキックオフしそうだったところに、楽しそうな美智恵さんの声が聞こえてくる。
慌てて両手を離し、二人そろって勢いよく美智恵さんへと視線をずらす。
ちょっとだけ惜しかったかも。
「な、別に、こ、こいつとは、そんなんじゃないわよ」
「あら、そうなの? でも彼はそうでもないみたいよ、ね?」
真っ赤な顔で、どもりながらも激しく否定する美神さん。怒ってるのか照れてるのか、判断しかねるなあ。
美智恵さんはというと、食って掛かる娘を軽くあしらい話を俺にふってきた。
「え、俺っすか? キスするんなら、やっぱり同意の上じゃないと。
雰囲気に流されました、というのはやはり美神さんに失礼かな、と」
まじめくさった俺の返事を聞き、真っ赤になって動きの止まった美神さん。
その美神さんの肩に手を置き、うんうんと頷いている美智恵さん。
……お願い、どちら様でもいいですから私のボケにツッコミをいれてください。
「――で? 横島君はどう思う?」
微妙な空気が漂う中、美智恵さんの提案により、仕切り直して話をすることになった。
美智恵さんがお茶を入れなおす間、俺と美神さんは顔を洗うため、洗面所へと移動。
顔を洗い終わった美神さんの第一声がこれである。
「可愛らしくていいと思いますよ」
「――は? 確かに可愛いというか、お茶目というか」
「ギャップがいいですよね」
「――確かにギャップはあるけどさ」
「いやいやいや、そんなに照れなくていいっすよ」
「………」
困惑した表情で、無言になる美神さん。
「……あんた、何の話してるの?」
「ピンクのパンティ」
「いっぺん死ね」
まじめに答えた俺の頭に拳骨が落ちる。初めての死を感じない痛み。
たんこぶをさすりながら、そんな事を考える。
「ママのことよ。――若くて美人、なんて答えはいらないからね」
こめかみの血管を浮かび上がらせて、笑顔で問いかけてくる美神さん。
指をぽきぽき鳴らしているあたりが本気です。
「うーん、なんとなくですけど、わかっててからかってる、てのとは違う気がします」
「でも、ママならそのくらいはうまくごまかしそうだけど……」
「んー。じゃあ、あれですよ。死んだふりして実は身を隠してた時の美智恵さん、とか」
「それにしては、変に明るくない?」
珍しくまじめに答えてるのに、俺の考えは全部否定しますか。
「美神さんはどう思ってるんですか」
「えっ、わたし?」
ジト目で問いかけてみると、こちらも珍しく慌てる美神さん。
答えづらそうに、しばらく視線をさまよわせていた美神さんに、無言でプレッシャーをかける。
「わたしさ、ママと一緒にいた時間て短かったし、それも子供の頃のことだから、良くわかんないんだ」
プレッシャーに負けたのか、表情を隠すように俯き、小さな声で答える美神さん。
美神さんの美知恵さんへの思いってのは、俺が考えてるのよりも複雑なんだと思う。
父親がいないに等しかった美神さんにとって、母親である美智恵さんの存在は、普通のそれより大きかったのだと思う。
その母親が死んで、苦労して生きてきたら、実は死んでなくて元気でひょっこり目の前に現れたり。
で、時間を戻ってみれば、いないはずの時期にこれまた元気に現れるし。
「こら、なんであんたがそんな顔してんのよ。同情とかそういうのはいらないからね」
自分がどんな顔をしているのかはわからないが、顔を上げた彼女は笑っていた。
その笑顔がとても弱く見えて、思わず美神さんを抱きしめた。
怒られるとか、殴られるとかは全然考えなかった。下心も無かった。
ただ、彼女を抱きしめてあげたかった。
抵抗することも無く、大人しく抱きしめられたまま目を瞑る美神さん。
「あらやだ」
――の向こうに見える美智恵さん。
うん、こんなオチだと思ったよ! ちくしょうっ!!
コメント
相変わらずE・市原が大好きです。
なんか、気の向くままに書いてたら、美神さんと横島君にチューさせてしまいそうになりましたよ。
ほいで、こんなオチ。なんでチューを失敗させたかは、私にも謎。