逆行者 第十話

written by まちす




「なーに、二人とも。見詰め合っただけで顔赤くしたりして。若いっていいわね〜」

 あと少しでキックオフしそうだったところに、楽しそうな美智恵さんの声が聞こえてくる。
 慌てて両手を離し、二人そろって勢いよく美智恵さんへと視線をずらす。
 ちょっとだけ惜しかったかも。

「な、別に、こ、こいつとは、そんなんじゃないわよ」
「あら、そうなの? でも彼はそうでもないみたいよ、ね?」

 真っ赤な顔で、どもりながらも激しく否定する美神さん。怒ってるのか照れてるのか、判断しかねるなあ。
 美智恵さんはというと、食って掛かる娘を軽くあしらい話を俺にふってきた。

「え、俺っすか? キスするんなら、やっぱり同意の上じゃないと。
 雰囲気に流されました、というのはやはり美神さんに失礼かな、と」

 まじめくさった俺の返事を聞き、真っ赤になって動きの止まった美神さん。
 その美神さんの肩に手を置き、うんうんと頷いている美智恵さん。
 ……お願い、どちら様でもいいですから私のボケにツッコミをいれてください。



「――で? 横島君はどう思う?」

 微妙な空気が漂う中、美智恵さんの提案により、仕切り直して話をすることになった。
 美智恵さんがお茶を入れなおす間、俺と美神さんは顔を洗うため、洗面所へと移動。
 顔を洗い終わった美神さんの第一声がこれである。

「可愛らしくていいと思いますよ」
「――は? 確かに可愛いというか、お茶目というか」
「ギャップがいいですよね」
「――確かにギャップはあるけどさ」
「いやいやいや、そんなに照れなくていいっすよ」
「………」

 困惑した表情で、無言になる美神さん。

「……あんた、何の話してるの?」
「ピンクのパンティ」
「いっぺん死ね」

 まじめに答えた俺の頭に拳骨が落ちる。初めての死を感じない痛み。
 たんこぶをさすりながら、そんな事を考える。

「ママのことよ。――若くて美人、なんて答えはいらないからね」

 こめかみの血管を浮かび上がらせて、笑顔で問いかけてくる美神さん。
 指をぽきぽき鳴らしているあたりが本気です。

「うーん、なんとなくですけど、わかっててからかってる、てのとは違う気がします」
「でも、ママならそのくらいはうまくごまかしそうだけど……」
「んー。じゃあ、あれですよ。死んだふりして実は身を隠してた時の美智恵さん、とか」
「それにしては、変に明るくない?」

 珍しくまじめに答えてるのに、俺の考えは全部否定しますか。

「美神さんはどう思ってるんですか」
「えっ、わたし?」

 ジト目で問いかけてみると、こちらも珍しく慌てる美神さん。
 答えづらそうに、しばらく視線をさまよわせていた美神さんに、無言でプレッシャーをかける。

「わたしさ、ママと一緒にいた時間て短かったし、それも子供の頃のことだから、良くわかんないんだ」

 プレッシャーに負けたのか、表情を隠すように俯き、小さな声で答える美神さん。
 美神さんの美知恵さんへの思いってのは、俺が考えてるのよりも複雑なんだと思う。
 父親がいないに等しかった美神さんにとって、母親である美智恵さんの存在は、普通のそれより大きかったのだと思う。
 その母親が死んで、苦労して生きてきたら、実は死んでなくて元気でひょっこり目の前に現れたり。
 で、時間を戻ってみれば、いないはずの時期にこれまた元気に現れるし。

「こら、なんであんたがそんな顔してんのよ。同情とかそういうのはいらないからね」

 自分がどんな顔をしているのかはわからないが、顔を上げた彼女は笑っていた。
 その笑顔がとても弱く見えて、思わず美神さんを抱きしめた。
 怒られるとか、殴られるとかは全然考えなかった。下心も無かった。
 ただ、彼女を抱きしめてあげたかった。
 抵抗することも無く、大人しく抱きしめられたまま目を瞑る美神さん。

「あらやだ」

 ――の向こうに見える美智恵さん。

 うん、こんなオチだと思ったよ! ちくしょうっ!!


  コメント
 相変わらずE・市原が大好きです。
 なんか、気の向くままに書いてたら、美神さんと横島君にチューさせてしまいそうになりましたよ。
 ほいで、こんなオチ。なんでチューを失敗させたかは、私にも謎。


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