逆行者 第十五話

written by まちす




「ね、横島君」

 考え込んでいるうちに、美智恵さんは俺の隣に移動していた。
 そのまま密着するように顔を寄せ、耳元で囁く。

「令子は西条君にベタ惚れで、あなたに振り向く可能性は、無いとは言えないけれど、とっても低いわよ」

 わかってる、そんなことくらい、わかってます。ギュッと拳を握り、そう言いたいのを堪える。

「だから、私にしない? 令子みたいに若くないから、そんなに無理は利かないけど、どう?」

 そう言いながら、より強く胸を押し付けてくる。

「だ、駄目っすよ。美智恵さん、結婚してるじゃないですか」
「あら、そんなこと関係ないわよ」

 いや、充分関係ありますって、ちょっ首筋に息吹きかけたらアカンっちゅーに。

「どう、悪い話じゃないと思うんだけど。決めちゃいなさいよ」

 彼女の指が体中をなぞるように動き、更には耳たぶを優しく噛まれる。
 正直、相手がOKしているのだから、欲望に身を任せてもいいと思っている。
 ――だけど、俺は。

「俺には大切な大事なヒトがいるんです。そのヒトを泣かせたくないからダメです」
「失敗したくないってわけね……その大事なヒトって、令子のこと?」

 動きを止め、真剣な顔で美智恵さんは、そう尋ねてきた。

「令子さんも俺にとっては大事な女性ですけど。あの、そのっすね」
「二股かー。気が多いのねー」

 二股なんだろうか? いや、二股だよな。
 俺がルシオラを助けようと決意して、過去へ戻ったのは事実だ。
 だからといって、美神令子という女性が大切ではないのか、というとそんなことはない。
 彼女だって、俺にとっては大切な女性だ。そりゃ、下心もあるけどさ。
 ルシオラと美神令子。どちらも俺にとっては勿体ないくらいの女性だ。
 どちらも大切で、どちらか一方を選ぶことなんてできない。
 優柔不断だし、情けないけれど、これが俺の本心だ。

「二股って言われればそれまでですけど、二人とも大切な人です」

 そう言い切り、美智恵さんを見る。俺も彼女も視線をそらすことはしない。

「いいわ。その覚悟は認めましょう。それじゃ、改めて聞くわ。私のところに来ない?」
「だから、俺と美智恵さんがそういう関係になるのは、すごくまずいですって」
「でも失敗して、二人を泣かせたくないんでしょう。
 だったら、私が手取り足取り基礎からみっちり仕込んであげるから、ね」

 そう言いながら、両手で包み込むように俺の手をとる。
 そして、柔らかな口調で告げた。

「令子より、優しくするから」

 ――うん、もう頷いてしまおう。
 二人とも、ごめん。
 でも、ほら僕も健全な男の子ですし、この世界で仲良くなれるかわかんないですし、この世界に残れるかもわかんないですし。
 自分への言い訳、二人への言い訳。それを脳内で必死に並べ立てる。
 自分自身を納得させ、返事をしようとした、その時――

「そんなにくっついて、何をしてるのかしら、お二人さん」

 トイ……お花を摘みに行っていた令子さんが、いつの間にか戻ってきていた。
 俺たちの顔を交互に見ながら、「何してたか言ってみろやゴラアッ」と、目で威嚇してくる。
 恐怖に震える俺の横に座っていた美知恵さんは、その眼光にひるむことなく、しれっとした顔で答えた。

「別に。ただ、私の弟子にならないかって誘ってただけだけど」

 ――なぬ!? 弟子とな!?
 あれ、もしかして、俺って凄い勘違いしてた?


  コメント
 美智恵さんがどういうつもりだったのかは、はてさてふむう。
 ……結局ほんのりエロくなってしまう……逃れられないのか……。


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