「ね、横島君」
考え込んでいるうちに、美智恵さんは俺の隣に移動していた。
そのまま密着するように顔を寄せ、耳元で囁く。
「令子は西条君にベタ惚れで、あなたに振り向く可能性は、無いとは言えないけれど、とっても低いわよ」
わかってる、そんなことくらい、わかってます。ギュッと拳を握り、そう言いたいのを堪える。
「だから、私にしない? 令子みたいに若くないから、そんなに無理は利かないけど、どう?」
そう言いながら、より強く胸を押し付けてくる。
「だ、駄目っすよ。美智恵さん、結婚してるじゃないですか」
「あら、そんなこと関係ないわよ」
いや、充分関係ありますって、ちょっ首筋に息吹きかけたらアカンっちゅーに。
「どう、悪い話じゃないと思うんだけど。決めちゃいなさいよ」
彼女の指が体中をなぞるように動き、更には耳たぶを優しく噛まれる。
正直、相手がOKしているのだから、欲望に身を任せてもいいと思っている。
――だけど、俺は。
「俺には大切な大事なヒトがいるんです。そのヒトを泣かせたくないからダメです」
「失敗したくないってわけね……その大事なヒトって、令子のこと?」
動きを止め、真剣な顔で美智恵さんは、そう尋ねてきた。
「令子さんも俺にとっては大事な女性ですけど。あの、そのっすね」
「二股かー。気が多いのねー」
二股なんだろうか? いや、二股だよな。
俺がルシオラを助けようと決意して、過去へ戻ったのは事実だ。
だからといって、美神令子という女性が大切ではないのか、というとそんなことはない。
彼女だって、俺にとっては大切な女性だ。そりゃ、下心もあるけどさ。
ルシオラと美神令子。どちらも俺にとっては勿体ないくらいの女性だ。
どちらも大切で、どちらか一方を選ぶことなんてできない。
優柔不断だし、情けないけれど、これが俺の本心だ。
「二股って言われればそれまでですけど、二人とも大切な人です」
そう言い切り、美智恵さんを見る。俺も彼女も視線をそらすことはしない。
「いいわ。その覚悟は認めましょう。それじゃ、改めて聞くわ。私のところに来ない?」
「だから、俺と美智恵さんがそういう関係になるのは、すごくまずいですって」
「でも失敗して、二人を泣かせたくないんでしょう。
だったら、私が手取り足取り基礎からみっちり仕込んであげるから、ね」
そう言いながら、両手で包み込むように俺の手をとる。
そして、柔らかな口調で告げた。
「令子より、優しくするから」
――うん、もう頷いてしまおう。
二人とも、ごめん。
でも、ほら僕も健全な男の子ですし、この世界で仲良くなれるかわかんないですし、この世界に残れるかもわかんないですし。
自分への言い訳、二人への言い訳。それを脳内で必死に並べ立てる。
自分自身を納得させ、返事をしようとした、その時――
「そんなにくっついて、何をしてるのかしら、お二人さん」
トイ……お花を摘みに行っていた令子さんが、いつの間にか戻ってきていた。
俺たちの顔を交互に見ながら、「何してたか言ってみろやゴラアッ」と、目で威嚇してくる。
恐怖に震える俺の横に座っていた美知恵さんは、その眼光にひるむことなく、しれっとした顔で答えた。
「別に。ただ、私の弟子にならないかって誘ってただけだけど」
――なぬ!? 弟子とな!?
あれ、もしかして、俺って凄い勘違いしてた?
コメント
美智恵さんがどういうつもりだったのかは、はてさてふむう。
……結局ほんのりエロくなってしまう……逃れられないのか……。