「いいっ! あんたと私は、雇用主と被雇用者、主人と丁稚! それ以外に何もなしっ! いいわね!?」
「……わかりました」
「声が小さいっ!」
「わかりましたっ!! サー!!」
「誰がサーかっ!」
「グーで殴んなっ!」
正座させられた俺の前で、仁王立ちになり説教を始めた令子さん。
時々ベシベシと頭を叩いてくるが、あまり痛くは無い。
「だいたい、あんたはいっつもいっつも」
「はい」
「ちゃんと聞きなさいっ!」
適当に相槌打ってたら、どうもタイミングが違っていたようで、また叩かれる。
だって、令子さんのフトモモが目の前で、ちょっと視線を上げれば下着が見えそうで、なあ?
「……よ・こ・し・まくーん。さっきから、どこ見てんのかなあ?」
にっこり笑顔で低い声の令子さんに、今度は無理やり立たされる。
「見られるのは慣れてるし、好きだけど、視姦されるのは、ちょっと、ねえっ!」
「コ、コブラツイストォッ!」
や、柔らかいけど痛いけど気持ちいいけど痛い!
五分後、ようやく解放された俺は、必死で土下座していた。
そんなやり取りを、ずっと黙ってみていた美智恵さんが、心底呆れたような顔で口を開いた。
「ねえ、あなた達って、いつもそんな風にじゃれあってるの?」
「……ママ、もう老眼なの?」
令子さんの言葉に頬を引きつらせながら、美智恵さんは話を続ける。
「だって令子ってば、西条君以外の男はすぐに撃退しちゃって、話したことも無いんでしょ?
それが喧嘩とはいえ、ベタベタしてるじゃない? 色んな意味で」
真っ赤な顔で絶句する令子さん。それをニヤッと見やると言葉を続ける。
「しかも西条君の前だと、特大の猫、何匹も被ってたしねー」
「そーなんスか?」
「ええ、一生懸命おしとやかにしてたわ……本性ばれてたけど」
「ばれてたんスか……」
二人そろって令子さんを見る。
「な、なに哀れみのこもった目で見てんのよ! てかママ、誰からそんなこと聞いたのよ」
「唐巣先生よ。あんまり迷惑かけるんじゃないわよ……そろそろやばいんだから」
しれっと答えて、お茶を飲む美智恵さん。
なるほど、ここでも令子さんの師匠は唐巣神父で、そして……やばいのか……。
しんみりとした雰囲気に耐えられなかったのか、令子さんが俺に対し八つ当たりを始める。
なんだかもう本気としか思えないパンチやら蹴りが飛んでくる。
「横島! あんたなんで避けんのよ!」
「八つ当たりに付き合ってられるか!!」
つーか、あなたも少しは情報収集してくださいよ。
「んで、西条って結局なんなんスか?」
八つ当たりアタックを防ぎきれず、パンチの入った頬をさすりながら、美智恵さんに尋ねる。
……ここまで長かったな……。
「なに、そんなに気になる?」
「ものすごく」
彼女は、あっさりとした俺の答えに、チッと悔しそうに、小さな舌打ちをした。
もうこんな質問じゃあ、うろたえないっすよ。
「彼はねー、私の一番弟子で、あGSのね。それで令子にとっては、お兄ちゃんみたいな存在かつ、初恋の人、かな」
「……へー」
「……お茶、こぼれてるわよ」
普通に返事したつもりだったが、動揺が隠し切れず、手の震えとして現れていたらしい。
多分そうなんだろうとは思っていたけど、改めて言われると、キツイ。
やはり歴史は変えられないのか。
「で、そいつは今どこに?」
「ロンドンに留学中よ。ま、もう少しで帰ってくるけどね」
「……ぬ?」
お茶に目を落とし、少し考える。
もう戻ってくるのか。元の時間軸だと、もっと先だったような気もするんだけど……。
どこでどう違ったのか分からないけど、歴史にズレが生じているのは確かか……。
いや、美智恵さんがいるのだから、歴史はもう何処かで変わっているのだろう。
もしかしたら、俺たちの逆行とは関係なく。
そこまで考え、目を上げ美智恵さんの姿を探す。
彼女は、俺の目の前から消えていた。
コメント
長かった……ここまでほんと長かった……色んな意味で…。
西条は割とそのまんま。特に変えないです。
アンチでもないんで、特に不幸にもしません。