逆行者 第十四話

written by まちす




「いいっ! あんたと私は、雇用主と被雇用者、主人と丁稚! それ以外に何もなしっ! いいわね!?」
「……わかりました」
「声が小さいっ!」
「わかりましたっ!! サー!!」
「誰がサーかっ!」
「グーで殴んなっ!」

 正座させられた俺の前で、仁王立ちになり説教を始めた令子さん。
 時々ベシベシと頭を叩いてくるが、あまり痛くは無い。

「だいたい、あんたはいっつもいっつも」
「はい」
「ちゃんと聞きなさいっ!」

 適当に相槌打ってたら、どうもタイミングが違っていたようで、また叩かれる。
 だって、令子さんのフトモモが目の前で、ちょっと視線を上げれば下着が見えそうで、なあ?

「……よ・こ・し・まくーん。さっきから、どこ見てんのかなあ?」

 にっこり笑顔で低い声の令子さんに、今度は無理やり立たされる。

「見られるのは慣れてるし、好きだけど、視姦されるのは、ちょっと、ねえっ!」
「コ、コブラツイストォッ!」

 や、柔らかいけど痛いけど気持ちいいけど痛い!


 五分後、ようやく解放された俺は、必死で土下座していた。
 そんなやり取りを、ずっと黙ってみていた美智恵さんが、心底呆れたような顔で口を開いた。

「ねえ、あなた達って、いつもそんな風にじゃれあってるの?」
「……ママ、もう老眼なの?」

 令子さんの言葉に頬を引きつらせながら、美智恵さんは話を続ける。

「だって令子ってば、西条君以外の男はすぐに撃退しちゃって、話したことも無いんでしょ?
 それが喧嘩とはいえ、ベタベタしてるじゃない? 色んな意味で」

 真っ赤な顔で絶句する令子さん。それをニヤッと見やると言葉を続ける。

「しかも西条君の前だと、特大の猫、何匹も被ってたしねー」
「そーなんスか?」
「ええ、一生懸命おしとやかにしてたわ……本性ばれてたけど」
「ばれてたんスか……」

 二人そろって令子さんを見る。

「な、なに哀れみのこもった目で見てんのよ! てかママ、誰からそんなこと聞いたのよ」
「唐巣先生よ。あんまり迷惑かけるんじゃないわよ……そろそろやばいんだから」

 しれっと答えて、お茶を飲む美智恵さん。
 なるほど、ここでも令子さんの師匠は唐巣神父で、そして……やばいのか……。
 しんみりとした雰囲気に耐えられなかったのか、令子さんが俺に対し八つ当たりを始める。
 なんだかもう本気としか思えないパンチやら蹴りが飛んでくる。

「横島! あんたなんで避けんのよ!」
「八つ当たりに付き合ってられるか!!」

 つーか、あなたも少しは情報収集してくださいよ。

「んで、西条って結局なんなんスか?」

 八つ当たりアタックを防ぎきれず、パンチの入った頬をさすりながら、美智恵さんに尋ねる。
 ……ここまで長かったな……。

「なに、そんなに気になる?」
「ものすごく」

 彼女は、あっさりとした俺の答えに、チッと悔しそうに、小さな舌打ちをした。
 もうこんな質問じゃあ、うろたえないっすよ。

「彼はねー、私の一番弟子で、あGSのね。それで令子にとっては、お兄ちゃんみたいな存在かつ、初恋の人、かな」
「……へー」
「……お茶、こぼれてるわよ」

 普通に返事したつもりだったが、動揺が隠し切れず、手の震えとして現れていたらしい。
 多分そうなんだろうとは思っていたけど、改めて言われると、キツイ。
 やはり歴史は変えられないのか。

「で、そいつは今どこに?」
「ロンドンに留学中よ。ま、もう少しで帰ってくるけどね」
「……ぬ?」

 お茶に目を落とし、少し考える。
 もう戻ってくるのか。元の時間軸だと、もっと先だったような気もするんだけど……。
 どこでどう違ったのか分からないけど、歴史にズレが生じているのは確かか……。
 いや、美智恵さんがいるのだから、歴史はもう何処かで変わっているのだろう。
 もしかしたら、俺たちの逆行とは関係なく。
 そこまで考え、目を上げ美智恵さんの姿を探す。
 彼女は、俺の目の前から消えていた。


  コメント
 長かった……ここまでほんと長かった……色んな意味で…。
 西条は割とそのまんま。特に変えないです。
 アンチでもないんで、特に不幸にもしません。


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