逆行者 第十二話

written by まちす




「え、あ、いやっ。そうそう、旦那さんは海外の大学に勤務されているのですか?」

 まごまごする俺を肘で小突き、何でもいいから質問しろ、と目で伝えてくる美神さん。
 慌てて取りあえず次の質問を口にする。焦ったせいか、なんだか英語の訳みたいなしゃべり方になってしまったい。
 その様子がおかしかったのか、くすくす笑う美智恵さん。
 なんだか、何もかもを見透かされているようで、非常にやりづらい。

「ううん。日本の大学に勤めているんだけどね、フィールドワークがメインの研究をしているから、ほとんど日本にはいないの」
「あー、じゃあ、美神さんも小さい頃からそれについて行ってたんですか?」
「それがね、ウチのダンナの研究フィールドっていうのが、ジャングルの奥地だったり、森の中だったりサバンナだったりで、この娘を連れて行くわけにはいかなかったのよ」
「それじゃ、お母さんとずっと日本に?」
「小さい時はね。この子が中学生になった時に、ダンナにくっついて海外に行こうと思ったんだけど、このムスメが強情でね。『わたしに パパなんていないわ』って聞かなくって」

 この辺の親子関係も、元の世界と同じか。
 懐かしいものを見るように、そっぽを向いてお茶菓子を食べている美神さんを見て苦笑いを浮かべると、美智恵さんは再び口を開く。

「それで、わたしだけ海外のダンナのところにいったの、一回だけね。その時向こうで色々あってね、しばらく日本に帰ってこれなくなっ ちゃって。そのせいで一人暮らしさせちゃって、ごめんなさいね」
「……別に、ママが悪いわけじゃないし」

 そっぽを向いたまま答える美神さん。そっぽを向いている理由は、照れくさいとかそんなんじゃなくって、どんな顔をしたらいいかわからないんだろうと予想する。今の話から考えると、この美智恵さんは俺たちの時間軸とは関係ない美智恵さんだ。
 些細なところでの違いはないけれど、根本的なところでこの人は違う。
 ――そう、この美智恵さんは、死んでいない。厳密に言うと、死んだ振りをして身を隠すということをしていない。
 だから、この彼女の謝罪の言葉は、俺の隣の美神さんからしてみると意味を成さない。「あなたに謝ってもらっても、わたしには意味がない」残酷かもしれないけれど、美神さんがそう考えていてもしょうがない、と俺は思う。
 そんな俺たちの葛藤には気づくはずも無く、美智恵さんは小さい声で、けれどはっきりと、「ありがとう」と言った。
 しんみりとしてしまった場を明るくするかのように、ことさらに明るく美智恵さんが話し始める。

「それが、何時の間にか昼間っから男の子を連れ込んでいちゃいちゃするようになったなんて、あなたも大きくなったのね」
「んっ……ぐっ……ごっ……」

 どこかずれた美智恵さんの言葉にお茶菓子をのどに詰まらせる美神さん。
 やっぱり美神さんの肌って触り心地がええな〜なんて考えながら、背中をさすりお茶を手渡す。

「横島君ったら、かいがいしいのね〜。頼れる年上の男もいいけど、気のつく年下の男の子ってのもいいものかもね〜」
「だっ、だから、横島君はわたしの彼氏でもなんでもないんだってば!!」

 わかってはいるけれど、そこまではっきり言われると傷つくんすけど。

「でも、仲はずいぶん進んでるみたいじゃない。そんなに一生懸命ごまかさなくってもいいわよ」
「あっ、あれは、だから! 関係ないような顔してお茶飲んでないで、あんたもなんか言いなさいよ」
「えっ、俺!?」

 なに、美神さん何にも考えてなかったの? 使えねー! 口にしたら三回は死にそうなことを考える。
 慌てて考えるも、当然何にも思い浮かばない。
 そんな俺を見ながら、小声で、けれど俺に聞こえるような小声で話す美智恵さん。

「大丈夫よ、令子。西条君のことは内緒にしておいてあげるから」
「さぁ〜いぃ〜じょぉ〜、ですか!!」
「あら、横島君。なんでわかったの」
「ママ、わざとらしすぎるわよ」

 美神さんの言うとおりわざとだろう。だって美智恵さんの顔は笑いっぱなしだし。
 いや、そんなことはどうでもいい。そう、西条だよ西条。あの男が美神さんとどういう関係かが一番大事だよな。
 美神さんがなんか言ってる気もするけど、そんなの知らんっ!
 今度は俺が聞きたいことを聞いちゃるっ!!


  コメント
 この話も3KB超えました。
 話は進んでませんが。会話文が多いのと、会話の一つ一つが長いのですよ。
 たまにはこんな回もアルですよ。


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