逆行者 第十三話

written by まちす




 西条……ええと西条――下の名前なんだったっけ? まあ、野郎の名前なんてどうでもいい。
 問題は西条と美神さんの関係だよ。
 この世界でもあいつは、キザでロン毛で金持ちのボンボンでエリートなのか?
 そして美神さんの初恋の相手のお兄ちゃんなのかっ!?
 留学してるんならまだしも、日本にいて美神さんと付き合ってるなんてことになってたら……


 綺麗な夜景の見える、とあるホテルの一室。
 抱き合う一組のカップル。

「……ねえ、西条さん。わたし、もう我慢できない」
「……令子ちゃん。本当に良いんだね」

 よりいっそう、強く抱き合う二人。
 二人の顔が近づいていき、やがて触れ合う。
 そのまま、もつれるように二人はベッドに倒れこみ重なり合った……


「そんなことが事実として認められるかーっ!!」

 最悪の事態を想像してしまい、そのあんまりな光景に錯乱し、美神さんに飛び掛る俺。世界を狙える右のカウンターが決まり、吹き飛ばされる。
 運が良かったのは、着地地点(落下地点?)が美智恵さんの胸だったこと。怪我もしなかったし、やーらかくて気持ちいいし。
 ついでとばかりに、そのままの姿勢で話しかける。

「美智恵さん、西条って西条って……」
「いつまで引っ付いてんのよ!!」

 なぜか美智恵さんの抵抗が無いので、調子に乗ってすりすり甘えながら話しかけてみる。
 当初の目的も忘れ、すりすりを続行しようとしたところで、突然美神さんに首根っこを掴まれて、元の位置へ戻されてしまった。
 美神さんは乱暴に俺を放す。そしてついでとばかりに俺の頭を軽くたたくと、ソファの背もたれに寄りかかりお茶を飲み始める。
 視線で美神さんに西条との関係を問おうにも、美神さんは俺から視線をそらすようにお茶を飲み続けている。視線が合ったところで、この美神さんでは答えようが無いのだけれども。
 埒が明きそうにも無いので、美智恵さんに尋ねるべく彼女を見やると、赤い顔をしてボーっとしていた。何回か呼びかけると、ようやく正気に返り、気まずそうにお茶に口をつける。
 美智恵さんは、俺と美神さんに視線を走らせると、一つ小さく頷き口を開く。

「ねえ、横島君。その、令子のことを『美神さん』って呼ぶの、やめない? ほら、私も『美神さん』だし、ね」

 彼女が口にしたことは、コレまでの話の流れとはまったく違っていた。だいぶ面食らったけれど、なんとか答える。

「うーん。でも美神さんは美神さんだからなあ。急にやめろって言われても……」

 令子……呼び捨てになんかしたりしたら、死ぬ。他は……社長? いや、この場合は所長か。美神所長、これはいいかも。

「んじゃ、これからは美神所長で、いでっ!」

 なぜか美神さんに耳をつねられる。どうやら『所長』は気にいらなかったらしい。それなら『社長』の方か。
 そう結論付け、社長と呼んでみると、今度は両耳をつねられた。
 そんな俺たちを苦笑しながら見ていた美智恵さんが、助け舟を出してくれた。

「横島君、わたしのことを名前で呼んでるんだから、令子のことも名前で呼んであげて」
「いや、でも美神さんが怒りますよ」

 にっこり笑顔の美智恵さんの提案は、簡単に頷けるものではなかった。当然否定する俺だが、美智恵さんは、そんなことないわよ、と言いながら、美神さんを見る。
 俺と美智恵さんの視線の先で、話題の主はそっぽを向いていた。嫌がってはいないみたいだけど、積極的に認めるつもりもないのだろう。
 俺自身にも抵抗がある。そりゃ、名前で呼べるもんなら呼びたい気持ちもあるけれど。

「ちなみに西条君は『令子ちゃん』て呼ん……」
「令子さんと呼ばせていただきます」

 美智恵さんの言葉を遮るようにして、そう宣言する。視界の隅で美智恵さんが笑っているのが見えたが気にしない。
 西条には負けられん! 俺の頭の中は、それでいっぱいだった。
 そして、確認の意味を込めて、美神さん…いや、令子さんに声をかけてみる。

「美神さん、これから令子さんって呼んでいいですか?」

 小さくこくんと頷いて、令子さんは名前で呼ぶことを許してくれた。
 単に照れているのか、不承不承頷いているのか、その仕草からは読み取れなかった。けれど許してくれたのは確かだ。
 喜びのあまり叫びだしたい衝動を抑え、ニコニコと俺たちを見ている美智恵さんに向き直り、もう一つ考えついたことを口にする。

「美智恵さんを名前で呼ぶのはまずいっすよね」

 それは美智恵さんの呼び方。さすがに母娘の両方を名前で呼ぶのは変だろうと思う。背徳的な感じがいいかもしれんが。
 それに、なんとなく美神さん、じゃない令子さんがいい顔してなかったような気もするし。
 美智恵さんの驚いた顔を見ながら……って今の提案はそんなに驚くことかい。とにかく俺は言葉を続ける。

「だから、これからはお義母さんと、ぐえっ!」
「調子に乗るんじゃないっ! ママも嬉しそうな顔しない!」

 ……なんで微妙なニュアンスの違いが分かったんだろう。
 ……愛?

「違うわっ!!」


  コメント
 何故か西条には触れず。前回の引き方はなんじゃい。
 彼に関しては、次のお話で。といっても彼のキャラは大して変わりませんが。
 んで本題。
 横島君と美神さん。この二人って、この呼びかけ方が一番しっくり来るんですよね。
 でも、この二人のラブラブな話を書くときに、いつまでも「横島君」「美神さん」ではあれなので、このSSで練習。
 ……まちすさんが。
 話が進んだら、美神さんにも横島君のことを「忠夫君」と呼んでもらいます。


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